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絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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トリチアアンソロ「冬来たりなば春遠からじ」に寄稿させていただいたお話です。
ピクシブにもアップしました。


「続きを読む」からどうぞ。






+ + + + + + + + + +



俺と吉野の関係に限っていえば、卒業はいつも別れではなかった。
 卒業式の朝は吉野といっしょに登校し、卒業式が終わったあとはいっしょに帰った。そのあとから始まる春休みも、ずっと吉野といっしょだった。中学校の卒業式まではうちの親と吉野の親が連れ立って参加していたし、だから俺にとって卒業は別れの寂寥感を感じるイベントではなかったような気がする。
 卒業写真にはいつだって吉野が隣に映っていた。




「トリー、お弁当に唐揚げ入ってる?」
「入ってる」
「卵焼きは?」
「入ってる」
「たらこのおにぎり」
「……入ってる」
 子供のような吉野の質問に答えながら、やれやれとため息をつく。二人でお花見をしようと計画を話し合った時から、吉野の言ったことはほぼ全て覚えている。そして八割方それは飯のことだった。大きめの重箱に、吉野の好物をありったけ詰められるよう、何種類ものおかずを作る。いつもより早起きをして花見弁当を作っていると、そわそわと吉野も起きだしてきてキッチンで俺の作業を見守っていた。
「見てるだけなら手伝え」
「うーん、詰めるくらいならできるかも」
「そうだな。お前に料理を作ってもらおうとは思ってない」
 謙遜を否定しなかったことで吉野は不満そうな顔をした。しかし放っておくと吉野は次々とつまみ食いをし出しそうなので、手を払いのけて簡単そうな作業を指示する。そうすると、すぐに重箱に自分の好物を色とりどりに配置してく作業に夢中になった。
 お花見に行きたい、と言い出したのは無論吉野の方だった。歩いていける距離にある公園に桜並木があり、毎年そこが花見の客で賑わっているのが羨ましかったそうだ。確かに桜の見頃は短く、いざ行こうとするとすでに散ってしまっていたりする。だから今年はちゃんと早めに計画を立てたいと言い出したのだった。
 当然俺の返事はいつものように、原稿が終わったらな、だ。そう言うと、吉野は少しむくれてこう言った。
「わかった。俺もちゃんと締切守るから、その代わりトリも言うこと聞けよ」
 漫画家が締切を守ることに対して、なぜ俺が代わりに言うことを聞かねばならないのだ、と思ったが、吉野のモチベーションのためにぐっと我慢をした。ここで揚げ足をとったところで無意味だということは嫌というほど学習済みだ。どうせ吉野の言い出すことだ。たかが知れている。
「何をしてほしいんだ」
「お弁当作って。二段重ねのやつ」
「……了解した」
 そういう理由で、現在二人でキッチンに立っているというわけだ。
吉野の家で弁当を作るために前日から泊まっているのだが、昼間で寝ているわけにいかないので、昨夜は吉野に手は出さず、ただ抱えて眠るというはめになった。こういう時間がたまにあるせいで、俺は恋人と付き合っているのか子守りをしているのかわからなくなる。



 最後の仕上げとしてだし巻卵を真ん中に盛り付けると、おお、という間抜けな歓声とともに吉野が拍手をした。
「完成!頑張って締切守ってよかった!」
「花見弁当がなくても守ってほしいところだけどな」
「今そういうこと言うなっつーの!」
 口をとがらせてはいるものの、弁当を見つめる目はまだ輝いたままだ。そんな吉野に支度を促し、俺も重箱を紙袋に入れて玄関に向かう。少し風が冷たい気がしたが、日が高くなれば暖かくなるだろう。肌寒さが気になるのか、吉野は薄手のマフラーを巻いてから玄関を出た。


「わあ、けっこう咲いてるな。五分咲きって感じ?」
 三月の終わり頃だとこんなものだろうか。来月になれば花見の客足も増えるのだろうが、今の時期では休日でも人の気配はまばらだった。それでも久々に外へ出た吉野は、すっかり春めいた風景に感動しているようだ。
「あーほんと引きこもりって、マジ季節に置いてかれてるよな」
「たまには外に出るようにしたらどうだ。その方が体にいい」
「トリがそういう生活になったら俺もするよ」
 俺の小言を右から左へ聞き流しながら、吉野は持ってきたデジカメでぱしゃぱしゃと桜の花を写真におさめていた。はしゃいで遠くまで駆けていきそうな吉野の背中を眺めながら、俺は公園のベンチに腰を下ろす。淡いピンク色の花々の下で無邪気に笑う吉野の姿はまぶしく、あいつのことをスケッチしたくなる気持ちもわかるな、と複雑な気分になった。
 桜並木の周囲を一周してくると、吉野は俺のところに戻ってきた。手には緑茶のペットボトルを二本持っている。
「飲み物持ってくるの忘れただろ」
「お前にしちゃ気が利くな。ありがとう」
「どういたしまして。……一言多いけどな」
 吉野も俺の隣に腰かけて、ペットボトルを渡してきた。念のためにビニールシートも持ってきていたが、人も少ないようなのでここで弁当を食べようかと提案すると、吉野もそれでいいと言った。
「地面、まだ冷たそうだしな。それも早くトリのお弁当食べたいし」
 このベンチからは正面に桜並木が見え、なかなかのロケーションだ。俺から紙袋を受け取り、吉野はいそいそと重箱を膝の上に抱えた。普段の食事よりも手間はかかったが、吉野が喜ぶなら結構なことだ。
 まずはおにぎり、と口へ運ぼうとした吉野だったが、直前で動きを止め、小さく桜の木の向こうを指差した。
「トリ、見て。卒業式」
 吉野が指した先には、制服姿の女の子たちが三人ほど連れ立って歩いていた。確かに平日のこの時間は普通の学生なら授業の時間だろう。こんな昼間に歩いていて、しかも胸元のコサージュ、手には花束を持っているので、きっと卒業式を終えたばかりなのだろう。楽しかった学生生活を惜しむように、友人たちと話をしている彼女たちを見て、俺たちにもあんな頃があったかな、と考えた。なんとなく吉野とは子供の頃から変わらないまま来てしまったと思っていたけれど、それでも当時の自分たちと見比べればかなり変わってしまっているに違いない。
 あの頃は、吉野と一生いっしょにいる、などということを期待するだけでも苦しかった。



* * *



「卒業って言ってもあんまり変わらない感じだよな」
 高校の卒業式からの帰り道、吉野は確かそんなことを言っていた。いつものように学校からは吉野、柳瀬、俺の三人で帰ってきて、途中で柳瀬と別れたあとそんなことを言い出したのだった。
 小学生の頃は大学生と聞くととても大人に思えたけれど、実際自分がこれからなると考えるとそうでもない。むしろ、まだまだ子供と言った方が近い気がする。きっと吉野もそんなことを考えていたのだろう。
「まあ、卒業してもまだまだ学生だからな」
「そうなんだよね。社会人になったらまた違うのかな。ていうか俺社会人になれると思う?」
「知らん」
 吉野と話をしていると、すぐ話題が明後日の方向に転がっていってしまう。別段重要な話をしているわけではないので構わないのだが、要するに深く考えずにしゃべっているのだけなのだろう。
「俺たちの関係もさ、結局生まれてから今日まで全然変わってないじゃん?それは逆にすごいのかもって思った」
「……そうだな」
 この吉野の無邪気な発言にはうなずくことしかできなかった。
 俺たちの関係は幼馴染みのまま変わらない。俺がどんなに思い悩もうとも恋い焦がれようとも、だ。
全くもって吉野の言った通りだった。
吉野も他意があってそんなことを言ったわけではないので、失望の色を表に出さないようにしながら吉野と並んで最後の登校をした。悪気がない、というよりもおそらくこれが吉野の精一杯の俺への好意なのだろう。
永遠に変わることのない友情、というのが吉野の俺に対する最大級の親愛なのだ。
(それが得られるだけでもマシと思うか)
 それとも、と別の選択肢を思い浮かべられるほど、高校生だった俺の心は覚悟が決まっていなかった。吉野との友情を壊さないことが、現状の俺にできる一番賢い選択だったし、それは間違っていなかったと思う。
 俺はそっとネクタイに触れ、この先いつまでも吉野との縁が続いていくことに希望を賭けようと思った。可能な限り、吉野の側にいること。時にはそれがつらいこともあるかもしれないが、今はとにかく吉野といっしょにいられることを一番に考えるべきだと自分に言い聞かせた。
「トリ、卒業アルバム見た?」
「いや、まだちゃんとは見てない」
 卒業式が終わったあとのホームルームで配られた卒業アルバム。クラスメイト同士でめいめいにメッセージを書き合っていたが、まだ中身をきちんと見てはいなかった。クラス単位での集合写真以外はアルバム委員が編集をしていたので、できあがるまでどんな写真が載っているかは知らなかった。
「さっきパラパラっと見たんだけど、俺とトリいっしょに写ってる率高くて笑っちゃった」
「へえ」
「あれ?俺こんなにトリの隣ばっかりにいたっけ?って」
「……そうだったかな」
 吉野にそう言われ、バッグから卒業アルバムを取り出した。言われてみればなるほどツーショットばかりではないにせよ俺と吉野が隣に並んでいる写真が多い。幼馴染みだからといっていつもベタベタしていたわけではないと思うし、吉野も友達が多かったので、なんとなくアルバム委員の作為的なものを感じた。ただ、こういった形で吉野が隣にいる思い出が写真として残るのは素直に嬉しいと思った。
「アルバムの写真集めてる頃にトリが彼女と別れたから、気を遣われたんじゃねーの」
「……ああ、そういうことか」
「気にしてる?」
「いや、別に」
「そっか。ならいいけど」
 星野さんとは高校時代一番長く付き合っていた相手だし、周囲にもそれなりに公認の仲だったのでクラスが違えどそれなりに二人で写った写真があったはずだ。それが卒業間近になって破局したということで、その写真の数々は全て没になったに違いない。個人的な事情で気を遣ってもらったとしたら申し訳ないことだが、だからといって穴を埋めるように吉野との写真を放り込むのはどういう意図なのだろうか。
「『別れたのは残念だけど、羽鳥には吉野がいるじゃん』って言って写真選んだらしいよ」
「何だそれは」
「俺はトリの彼女か!って話だよな」
 笑って流したけれど、吉野の無意識の発言は俺の胸を抉る。本当は吉野さえいてくれればそれでいい。なんて、そんな言葉を言えるはずもなく、曖昧な相槌を打った。


 そのあとどちらもとなく無言になって歩いていたが、ぽつんと吉野がつぶやいた。
「トリといっしょなのも、これで最後かな」
「最後……?」
「トリのおかげでいっしょの大学合格できたけど、やっぱ学部も違うし、今までみたいにはいられないんじゃないかなって思った」
「それは……そうだろうな」
 大学まで吉野と同じところへ通えるのは奇跡だと思っていたが、学部が違えば当然講義も何もかも違ってくるだろう。共通の授業はいくつかあるのかもしれないが、学年が進むに従って顔を合わせることは少なくなっていくに違いない。それを当然だという顔をしてきたけれど、心の底では不安だったし、心細かった。
(俺の方がきっと吉野に依存してる)
 小さい頃から吉野の面倒を見て世話を焼いてきたが、どちらかといえば吉野がいなければ駄目なのは俺の方ではないか。俺がいなくても吉野には柳瀬もいるし、友人も多いし、そのうち彼女もできるかもしれない。勿論そうなったところで吉野は俺を友達だと思ってくれるだろうが、吉野にとっての特別さを失うことは怖かった。
さっきの吉野のつぶやきは、吉野も同じように考えてくれているということだろうか。吉野もまた、俺の特別でいたいと思ってくれているのだろうか。もしそうだとしたら、今すぐ抱き締めて伝えてやるというのに。
どんなに時が流れても絶対に変わらない、俺のただ一人の特別な存在なのだと。
 例えこの先吉野と離ればなれになることがあっても、俺は吉野のことを忘れたりしないだろう。だけど吉野が思い出だけの存在になってしまうことに耐えられるほどきっと俺は強くない。このいっしょに過ごす時間をできるだけ引き伸ばしたい。俺ができることは、ただいつまでも吉野の特別にいられるように努力すること、それだけだった。


 俺の重たい決心をよそに、吉野は呑気なことを言い出した。
「トリといっしょの卒業写真は、これが最後ってことかあ。大学だと卒アルとかないのかな?」
「あるとは思うが学部ごとだろう」
「あ、やっぱそうだよね」
 じゃあやっぱり最後だ、と吉野は言った。
「今まではずっとトリといっしょだったけど、いつか久しぶりに会った時にトリだけすげー大人になってたらどうしよう」
「……俺は、変わらないよ」
 だからお前も変わらないでほしい、というのは過ぎた願いだろうか。
わがままを叶えてもらえるのなら、ずっとこのまま二人、変わらずにいたい。だけどそれは無理なことだとわかっているので、少しずつ大人になっていくしかないのだけれど。
「今から十年後って何歳になってる?」
「二十八かな」
「そしたら二十八歳になったらいっしょにアルバム見てみようぜ。どっちが大人になってるかって勝負」
(十年後、か)
 俺たちがどうなっているのか考えるのが怖いような気もする。だけど吉野がせっかくこう言ってくれているのだから、十年後も今のように吉野が隣にいる未来を期待してみようか。
 少し垂れ気味な人を疑うことを知らないような目、癖のある跳ね方をしている髪、男にしてはやや華奢な体つき、顔のつくりやしゃべり方など、全体的に幼い印象のある吉野はたぶん十年経ったくらいでは変わらないだろう。見た目も中身も、きっと俺の好きな吉野のままに違いない。


 約束、と吉野が小指を差し出した。
少し戸惑いながらもぎこちなくそれに自分の小指を絡めると、吉野は嬉しそうに笑った。
俺たちが大人になっても、吉野はこんな風に躊躇いなく俺に触れてくれるだろうか。吉野の無邪気さが俺にもたらすのは希望か絶望かはわからない。だけど、吉野と触れ合える時間を一秒たりとも無駄にしてはいけない。アルバムの中で笑う吉野の顔を見て、強くそう思った。



* * *



桜並木を背景に写真を撮り合っている女子高生たちを見ていると、ふとそんな自分の卒業式のことを思い出した。あの頃は十年後なんてもっとずっと遠い未来のように思えていたけれど、実際に迎えてみればあっという間だった。
時間の流れが早いのは年をとったということだろうけど、それを差し引いても相変わらず吉野といっしょに十年間を過ごしてきたという事実は昔の自分に誇ってもいいような気がする。
そして、確かに十年はあっという間だったけれど、平穏な日々とは言い難かった。大学に入ると案の定吉野と顔を合わせる機会は激減した。吉野にも彼女ができ、それを知った俺はヤケで彼女を作ったりした。そのうちに吉野は漫画に専念するために大学を中退し、背中を押した俺は漫画編集を目指した。
本当に運がよかったとしか言いようがない。
吉野は見事漫画家としてデビューし、今では一千万部の大人気作家で、俺はその担当編集だ。それはお互いの努力があったからこそと言えるかもしれないが、それ以上に奇跡なのはこうして恋人として吉野の隣にいられることだろう。
俺が恐れていた通りの絶望も一時は訪れたけれど、それを凌駕する奇跡で吉野が俺を救ってくれた。昔は叶わぬ夢だと思っていた、吉野を抱き締めて好きだと告げることができるのだ。十年前の自分に言ったところで到底信じないだろう。
まだまだ恋人らしいとは言えない関係かもしれないけど、一生変わらないままだと思っていた俺たちの関係は確実に前進している。
まあ結局お世話係からは抜け出せていないがな、と思いながら吉野の方を見ると、弁当を頬張りながら、吉野は何やら考えごとをしている顔だった。膝の上に抱えた弁当と脇に置いたデジカメを見比べ、俺の方を見たり桜並木を見たりしている。
「どうした、吉野」
「なんかさ、写真撮りたくならない?」
「さっき撮ってただろ」
「そうじゃなくって……」
 俺も弁当に箸を伸ばし素っ気ない返事をすると、吉野は口を尖らせた。
「高校まではトリと一緒に写ってる写真いっぱいあるけど、大学から先はないなーって思ったから」
「二人で写真撮りたいってことか?」
「う……改まってそう言われると……」
 たぶん吉野も俺と同じようなことを思い出していたのだろう。大学に入った当初はまさか漫画家になるために中退するとは思っていなかったに違いない。気付けば大学からは二人で過ごす時間はめっきり減り、担当編集と作家として仕事を一緒にするようになってからは忙しくて仕事ばかりの日々になっていた。大学の卒業式は高校などと比べてそれほどセンチメンタルな行事だとは思わないが、それでも隣に吉野がいないだけで無性に寂しく感じた。卒業の感傷というのは、何気なく日常を過ごしていた相手と進む道が別れてしまうことによって起こる感情なのだろう。
「いいよ、撮ろう」
 俺の一言に吉野は驚いた顔になった。
「えっ?本気?」
 自分で言い出したくせに、吉野は慌てた声を出した。そして急にきょろきょろと周囲をうかがい出す。他の人に見られないかが気になるのだろう。
「別に写真くらい気にすることないんじゃないか」
「だって……」
 三十路の男二人が桜の下で並んで写真を撮る光景というのは物珍しいかもしれないが、怪しいとまでは思われないと思う。それに吉野の思いつきの言葉ではあるけれど、俺自身が吉野と二人で写真を撮りたいと思ってしまったのだ。
 なんとなくこのままずっと二人いっしょにいるのだろうと考えていた高校の卒業式のあの日。縁は切れなかったけど、その距離は突然ぐんと広がってしまった。物理的に離れたわけじゃないからお別れの言葉なんてものは当然なくて、その微妙な距離感を保ったまま現在まで来てしまったように思う。だから、卒業式の真似事みたいなことがしたくなったのだ。
「じゃあさ、あの子たちに頼んでみよっか」
 俺が真面目に言っているのがわかったのか、吉野はそう言い出した。あらかた食べ終わった弁当を片づけ、俺を手招きしてカメラを片手にさきほどの女子高生たちへ近づいた。
 すみません、と吉野がおどおどと声をかけた。人見知りのくせに珍しい、と感心していると、彼女たちが振り向いた瞬間素早く俺の背中に隠れてしまった。
(やれやれ)
 仕方ないので吉野の手からカメラを受け取り、写真を撮ってくれないかと頼んだ。腑に落ちないが、少なくとも吉野よりは営業用の愛想笑いは得意だ。不審者と思われないか心配だったが、彼女たちは笑顔で了承してくれた。
「ここが一番きれいに撮れますよ!」
 怪しげな男二人組に物怖じもせず、女子高生たちは一番大きな桜の木を指差した。確かにここが一番たくさん花が咲いている。
「おじさんたちはお花見ですか?」
「ええ、まあ」
「もっとお花見ってビール飲んで騒ぐのかと思ってました~」
「さすがに二人で宴会はしないでしょ。あ、ほら並んでください」
 適当に相槌を打っていると、背中を押されるようにして吉野と二人桜の木の前に並ばされた。吉野はもう固まった笑顔のまま俺の横をついてくるだけだ。まさかこの挙動不審な男が大人気少女漫画を描いている作者だとは思われないだろう。
「いきますよー。はい、チーズ!」
 写真を撮ってもらっている俺たちよりも、彼女たちの方が屈託なく楽しそうに笑い合っている。俺の手にカメラを返して撮れた写真を確認するように言うと、女子高生たちは手を振って帰って行った。
「……すげー、こんなに緊張したの丸川のパーティーの時以来……」
「お前は何もしゃべってないだろうが」
 俺がカメラを返してやると、吉野はそんなことを言った。人見知りだと、あの年頃の女の子の集団と会話をするのにかなりエネルギーがいるのだろう。
「ま、いいや。ミッション完了!ってことで」
さっきのベンチまで戻ると、吉野は座ってまじまじと撮ってもらった写真を眺めた。俺の視線に気付くと、カメラを見ながら小さく笑った。
「さっきさあ、おじさんって言われちゃったな」
「高校生からしたらそうなんだろうな」
 俺の後ろに隠れるようにしていた吉野だったが、一応ちゃんと会話は聞いていたらしい。さすがにもう若者に見られたいという願望にこだわる年ではないが、それでも若い子にはっきりとそう言われてしまうと自分の年齢を実感してしまう。
「だけど、言われたのは俺に対してだけだと思うが?お前は童顔だし、三十には見えん」
「そうかな?童顔っつっても限界あるしな~」
 お世辞ではなく吉野は本当に若く、というか幼く見える。編集部の誰かほどではないが、こいつが高校生の頃から見た目が変わっていないような気すらする。
「ていうか別にトリも老けてないし。ほら!」
 そう言うと、吉野はカメラの画面を見せてきた。微妙な距離感で並んだ、さっきの俺たちの写真だ。
「トリもあんまり変わってないと思うけどな。中身は時々エロオヤジだけど」
「お前がエロい顔してるからだろ」
「し、て、な、い!」
 慌てて言い返す吉野だったけれど、すぐに何を思いついたのか吹き出した。
「なんか俺たちお互いに若い若いって言い合ってて、バカップルって感じ」
「バカップルか」
「あっ、今のなし!なし!」
 今度は一転して顔を赤くして急いで否定した。表情がくるくる変わる吉野は見ていて本当に飽きない。それに吉野本人の目から見ても、ちゃんと俺たちはカップルに見えているんだな、ということがわかるのが嬉しい。
 吉野の言う通り、高校の卒業アルバムに載っていた写真も大体こんな感じだった気がする。世間から見ればいい歳の大人なのだろうが、俺と吉野はあまり変わらないままここまで来てしまったような感じがする。でも俺たちの関係性はちゃんと変わっていて、今では俺も吉野もそれを受け止められている。
 変わってよかったこと、変わらなくてよかったこと。それらがバランスよく成り立って、今の俺たちがあった。
そのどちらも大切で、両方とも吉野が俺に与えてくれたものだと思っている。
「なんか、帰りたくなっちゃった」
 ふいに吉野はそう言った。
「どうした?寒くなったか」
「……寒くはないんだけど」
 うつむいていて表情はよく見えなかったけれど、吉野の耳は真っ赤だった。
「他の人のいないところに行きたい、って思った」
 そう言って吉野はぎゅっと俺の上着の裾を握った。同時に俺の心臓まで握られてしまったような眩暈に襲われる。
「……帰るか」
 一言だけ返事をすると、吉野は小さくうなずいた。今ここで余計なことを口走るとその勢いで抱き寄せてしまいかねない。どちらともなくベンチから立ち上がり、来たときよりも少しだけ早足で家路を急いだ。
 たぶん二人とも考えていることは同じなのだろう。
 会話はなかったけれど、お互いを求める気持ちが空気となって二人の間にまとわりついているようだった。



* * *



 吉野のマンションに辿り着き、玄関のドアを閉めた瞬間にはもう唇が重なっていた。
「ん……トリ……」
 唇を離すタイミングで吉野が俺のことを呼ぶ。部屋の灯りをつけていなかったけれど、窓から差し込む春の日差しがほのかに吉野の表情を浮かび上がらせていた。その顔は確かに俺のよく知っている吉野だけれど、昔の俺では知ることのできなかった顔をしている。
 間髪を入れずにもう一度口を塞ぐと、今度は吉野の方から俺の頭を抱えるようにしてしがみついてきた。俺は遠慮なく角度を変えながら何度も舌を絡め、吉野の唇の甘さを堪能する。
「トリ……もう腰、抜けそ……」
 息が上がってきた頃、吉野がもどかしそうに訴えた。
「いいよ、俺も待てないから」
 吉野は小さな声で、バカ、と言ったけれど、おとなしく俺の腕に収まったまま玄関へ続く廊下に座り込んだ。身悶えしながら俺の愛撫を受けている吉野だったが、精一杯の理性を動員して俺の上体を押しのけた。
「い、言っとくけど、開き直ってオヤジくさいこと言い出したら怒るからな!」
 どうもさっきの会話がまだあとを引いているらしい。
「それは言葉責めがご希望ってことだな」
「ちーがーうー!!」

 俺たちももう大人なんだから、と耳元で囁くと、吉野は身体を震わせた。吉野にとって、耳元への甘い言葉はかなり有効に作用するらしい。
「あーあ、高校生の頃のトリの方がよかったかな……」
 それでもなお強がりを言う吉野にはつい笑ってしまう。
(今の言葉を聞いたら昔の俺はどう思うことやら)

 そんなつまらないことを考えながらゆっくりと押し倒すと、吉野の髪からひらひらと一枚桜の花びらが零れたのだった。






END




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