絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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その両手にはぎっしりと中身の詰まった紙袋が二つ。
小さめで高級感のある紙袋が一つ。
時間は規定の就業時刻三十分を過ぎた頃。
毎日のように残業をしている自分たちにしてみれば、ずいぶんと早い帰宅だ。
今日が入稿のデッドということで連日クマを作って残業、残業、徹夜、残業で働き詰めだったから、今日ばかりは早く帰りたいと考えるのも無理はない。
無論、編集長などというものをやっている俺ですらそう思う。
ただし、手早く帰り支度をするその表情は、
(……浮かれてるな)
早く帰って死んだように眠りたいといった類の顔ではない。
ふん、と鼻を鳴らすと、こっちに気付いたのか、振り返って俺の方を見た。
「大収穫だな、トリ」
「さすが吉川千春大先生、ですね」
羽鳥は白々しく片手に持った紙袋を掲げて見せた。
その中身は『吉川千春先生へ』というカードが添えられたチョコレートのプレゼントがぎっしり入っている。
毎日エメラルドの作家宛てのファンレターやプレゼントが編集部へ届くが、この季節はやはりチョコレートが多い。
中には作家本人ではなく、漫画のキャラクター宛てにチョコを送ってくるファンもいる。
もちろん、それらは全て作家の手元に届くのだが。
そして、チョコが届く数は作家の人気を如実に反映している。
今年もダントツで吉川千春宛てのチョコが多かった。
(雑誌に『甘いものが好き』というコメントをたびたび掲載するせいもある)
さらに新しく始まった連載に登場するキャラクターの人気は凄まじく、今日一日で届いた量でこれだけ、というわけだ。
さすがはバレンタインである。
「そっちじゃねーよ」
とぼけようとする羽鳥の言葉を一蹴して、反対側の手に下げられた袋を指差した。
そりゃあ吉川千春大先生宛てのチョコがたくさんあったって、当然といえば当然だ。
それを担当編集の羽鳥が持って行くのも当たり前だ。
だが、俺が揶揄したいのはそんなものではない。
「それ持って吉川先生んとこ行くわけ?」
「はあ」
どこまでもとぼけようとする羽鳥は、興味がなさそうにもう一方の紙袋に視線をやった。
こっちの中身はアレだ。
これはこれで毎年恒例ではあるのだが。
「相変わらずモテてんな」
人気作家に引けをとらない。
作家および社内の人間からの、大量の羽鳥宛てチョコレート。
お見事、である。
「高野さんには負けますよ」
「俺今年は全然もらってないけど」
またまた、と言って羽鳥は本気にしていないようだった。
今年は少し思うところがあるのだが。
羽鳥は作家たちから人気があると木佐や美濃が言っていたけれど、俺も一之瀬絵梨佳を筆頭に、担当作家とそのアシスタントたちから相当数羽鳥宛てのチョコを預かってきた。
編集長というポストによる義理の贈り物を除けば、こいつか一番もらっているのではないか。
そして一之瀬絵梨佳は今夜直接渡したいとごねたらしいが、今回は無理だと言われたらしい。
その羽鳥が、だ。
羽鳥の荷物を順番に見て、予想される思惑を言い当ててやる。
「ファンからのたくさんのチョコ、自分宛ての大量のチョコ、それから…」
「……」
「自分からの、本命チョコ?」
あの一番小さな紙袋は、きっと羽鳥から吉川千春へのチョコレートだろう。
吉野千秋への、と言った方が正確かもしれないが。
「完璧な布陣だな」
「恐縮です」
(否定しねーのな)
焦ることも慌てることもなく、淡々と返事をされた。
バレンタインの日に一乃瀬絵梨佳を振って吉川千春のところへ行くことを俺に隠すつもりはないようだ。
まあ、別に隠す必要はどこにもないんだけど。
「自分宛てのそんなに持って行って何も言われねーの?」
「言われますかね」
「……お前、いい性格してんな」
「そうですか?」
羽鳥は意に介さないと言った様子で、言ってのけた。
「どんなチョコをどれだけ持って行っても、吉野が一番楽しみに待っているのは俺からのチョコです」
「……そいつはごちそうさま」
他に用がなければ帰りますと言いたげだったので、そろそろ解放してやることにする。
これ以上からかおうとしても、こっちが当てられるだけだ。
それに、ここまで準備万端の男をさらに引き止めるのは気の毒というものだろう。
「さっき小野寺からメールがあった。無事入稿できたそうだ」
「そうですか。よかった」
「だから、明日の朝は遅出でも構わねーぞ」
「……ッ」
それじゃあおつかれさん、と手を振ると、咳払いをしながら羽鳥は帰宅していった。
ふと思い立って、小野寺に電話を掛ける。
3コールで電話に出た。
おそらく帰宅途中なのだろう。
「小野寺?入稿ごくろうさま」
『あっ、はい。高野さんもおつかれさまです。何かありました?』
「俺に何か買ってくるモンあるんじゃないかなーと思って」
思いっきり甘えた声でそう言ってみると、あ・り・ま・せ・ん!と怒鳴られて電話を切られた。
(やれやれ)
こっちはいつになったら素直になるのかね、と携帯電話の履歴を見つめていると、メールを一通受信した。
小野寺からだった。
『他意はないですけど一応聞きますけど高野さん甘いもの苦手じゃないですよね?別に高野さんに何かあげるつもりは毛頭ないですけど!!』
思わず人のいない編集部で一人吹き出してしまった。
(何をくれるつもりなんだか)
とことん素直じゃない部下を労いに隣の部屋へ押し掛けるべく、俺も紙袋を二つ抱えて帰り支度を始めたのだった。
END
小さめで高級感のある紙袋が一つ。
時間は規定の就業時刻三十分を過ぎた頃。
毎日のように残業をしている自分たちにしてみれば、ずいぶんと早い帰宅だ。
今日が入稿のデッドということで連日クマを作って残業、残業、徹夜、残業で働き詰めだったから、今日ばかりは早く帰りたいと考えるのも無理はない。
無論、編集長などというものをやっている俺ですらそう思う。
ただし、手早く帰り支度をするその表情は、
(……浮かれてるな)
早く帰って死んだように眠りたいといった類の顔ではない。
ふん、と鼻を鳴らすと、こっちに気付いたのか、振り返って俺の方を見た。
「大収穫だな、トリ」
「さすが吉川千春大先生、ですね」
羽鳥は白々しく片手に持った紙袋を掲げて見せた。
その中身は『吉川千春先生へ』というカードが添えられたチョコレートのプレゼントがぎっしり入っている。
毎日エメラルドの作家宛てのファンレターやプレゼントが編集部へ届くが、この季節はやはりチョコレートが多い。
中には作家本人ではなく、漫画のキャラクター宛てにチョコを送ってくるファンもいる。
もちろん、それらは全て作家の手元に届くのだが。
そして、チョコが届く数は作家の人気を如実に反映している。
今年もダントツで吉川千春宛てのチョコが多かった。
(雑誌に『甘いものが好き』というコメントをたびたび掲載するせいもある)
さらに新しく始まった連載に登場するキャラクターの人気は凄まじく、今日一日で届いた量でこれだけ、というわけだ。
さすがはバレンタインである。
「そっちじゃねーよ」
とぼけようとする羽鳥の言葉を一蹴して、反対側の手に下げられた袋を指差した。
そりゃあ吉川千春大先生宛てのチョコがたくさんあったって、当然といえば当然だ。
それを担当編集の羽鳥が持って行くのも当たり前だ。
だが、俺が揶揄したいのはそんなものではない。
「それ持って吉川先生んとこ行くわけ?」
「はあ」
どこまでもとぼけようとする羽鳥は、興味がなさそうにもう一方の紙袋に視線をやった。
こっちの中身はアレだ。
これはこれで毎年恒例ではあるのだが。
「相変わらずモテてんな」
人気作家に引けをとらない。
作家および社内の人間からの、大量の羽鳥宛てチョコレート。
お見事、である。
「高野さんには負けますよ」
「俺今年は全然もらってないけど」
またまた、と言って羽鳥は本気にしていないようだった。
今年は少し思うところがあるのだが。
羽鳥は作家たちから人気があると木佐や美濃が言っていたけれど、俺も一之瀬絵梨佳を筆頭に、担当作家とそのアシスタントたちから相当数羽鳥宛てのチョコを預かってきた。
編集長というポストによる義理の贈り物を除けば、こいつか一番もらっているのではないか。
そして一之瀬絵梨佳は今夜直接渡したいとごねたらしいが、今回は無理だと言われたらしい。
その羽鳥が、だ。
羽鳥の荷物を順番に見て、予想される思惑を言い当ててやる。
「ファンからのたくさんのチョコ、自分宛ての大量のチョコ、それから…」
「……」
「自分からの、本命チョコ?」
あの一番小さな紙袋は、きっと羽鳥から吉川千春へのチョコレートだろう。
吉野千秋への、と言った方が正確かもしれないが。
「完璧な布陣だな」
「恐縮です」
(否定しねーのな)
焦ることも慌てることもなく、淡々と返事をされた。
バレンタインの日に一乃瀬絵梨佳を振って吉川千春のところへ行くことを俺に隠すつもりはないようだ。
まあ、別に隠す必要はどこにもないんだけど。
「自分宛てのそんなに持って行って何も言われねーの?」
「言われますかね」
「……お前、いい性格してんな」
「そうですか?」
羽鳥は意に介さないと言った様子で、言ってのけた。
「どんなチョコをどれだけ持って行っても、吉野が一番楽しみに待っているのは俺からのチョコです」
「……そいつはごちそうさま」
他に用がなければ帰りますと言いたげだったので、そろそろ解放してやることにする。
これ以上からかおうとしても、こっちが当てられるだけだ。
それに、ここまで準備万端の男をさらに引き止めるのは気の毒というものだろう。
「さっき小野寺からメールがあった。無事入稿できたそうだ」
「そうですか。よかった」
「だから、明日の朝は遅出でも構わねーぞ」
「……ッ」
それじゃあおつかれさん、と手を振ると、咳払いをしながら羽鳥は帰宅していった。
ふと思い立って、小野寺に電話を掛ける。
3コールで電話に出た。
おそらく帰宅途中なのだろう。
「小野寺?入稿ごくろうさま」
『あっ、はい。高野さんもおつかれさまです。何かありました?』
「俺に何か買ってくるモンあるんじゃないかなーと思って」
思いっきり甘えた声でそう言ってみると、あ・り・ま・せ・ん!と怒鳴られて電話を切られた。
(やれやれ)
こっちはいつになったら素直になるのかね、と携帯電話の履歴を見つめていると、メールを一通受信した。
小野寺からだった。
『他意はないですけど一応聞きますけど高野さん甘いもの苦手じゃないですよね?別に高野さんに何かあげるつもりは毛頭ないですけど!!』
思わず人のいない編集部で一人吹き出してしまった。
(何をくれるつもりなんだか)
とことん素直じゃない部下を労いに隣の部屋へ押し掛けるべく、俺も紙袋を二つ抱えて帰り支度を始めたのだった。
END
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