絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
更新できる時にしておこう!ということで昨日配布したミステイク本のssです。
ペラ本な上、昨日の今日でサイトに上げるんなら別に本にしなくてもよかったんじゃ…とも思ったんですが、ミス本作りたいという自己満足でした笑。
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ペラ本な上、昨日の今日でサイトに上げるんなら別に本にしなくてもよかったんじゃ…とも思ったんですが、ミス本作りたいという自己満足でした笑。
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最初の頃は自分を責めていた。
一家心中を決行するほど、両親が追い詰められていたことに気付かなかった自分を責めた。
その次には恨んだ。
追い詰められたとはいえ、子供である自分の命まで道連れにしようとした両親を情けなく思った。
両親にとって自分の人生とはそんなものだったのか、と恨んだ。
その後いくつかの段階を経て、悩み、考えた。
そうして今、最終的に私の中に残ったのは深い悲しみだった。
同情でも恨みでも自責の念とも違う、ただ悲しいと思う気持ちが残った。
あの出来事のあともこうして自分たちは生きているし、当時の親の年齢に近づくことで理解できたこともある。
それなりに穏やかな生活を送っていけることに対する、感謝の気持ちも忘れることはない。
ただ、両親のことをかなしいひとたちだ、と思った。
彼らのこの先の幸福を願いながら、私は思い出していた。
自分はどうして生きているのか、ということばかり考えていた日々のことを。
先人たちがどれだけこの問いに打ち当たり、どれだけの数の答えが導き出されてきたのかは知らない。
だけど私は生きようと思った。
私の側にはいつも、私の悲しみを覆ってしまえるやさしさを持った人がいたから。
その人のために私は生きようと思った。
性惰は横暴、知能は狡猾、特技は金勘定。
どこの暴君の話だと思われるかもしれないが、私の愛する主人・井坂龍一郎とはこのような人物であった。
愛する、とは皮肉でもなければ、敬愛の意味でもない。
言葉通りの意味で、私は主人である龍一郎様のことを所謂恋愛感情として慕っているのである。
叶わない想いだと思っていたこの感情を、ずっと同じように抱えていたのだと龍一郎様から打ち明けられたのはもう十年も前のことになる。
あの人は普段の尊大さから想像もできないくらい不器用なところがあるということを、私はその時初めて知った。
素直な気持ちを口にできないから八つ当りをする。
私が思い通りにならないから無茶な命令をする。
そういう人なのだ、と理解するとあとは早かった。
ただ想いを交わし合ったとはいえ、その態度を甚だ面倒だと思う気持ちと可愛らしいと思う気持ちは、現在も五分五分くらいであるのだが。
情事の余韻が残るベッドの上でも、主人と下僕という鎖が千切れることはない。
「朝比奈、ワイン」
裸のまま大の字に寝そべり、私に物を言い付ける龍一郎様を見て視線でため息をつく。
昔の奴隷は人間と思われていなかったため、女主人でも堂々と奴隷の目の前で裸になり着替えをしたという。
この人は散々自分の前で無防備な姿を晒してきたが、従順な下僕の欲情など想像もしなかったのだろう。
「ワインをどうしてほしいんです。捨ててほしいのですか。それとも飲ませてほしいのですか」
「……この状況で恋人にその台詞かよ」
迫力のない目付きで睨まれても、言葉を重ねるだけだ。
甘えたいなら素直にそう言えばいいものを。
「あなたこそ恋人だと思っているなら、しなだれかかって抱擁の一つでもして見せなさい」
相変わらずの私の説教にうんざりした表情を見せたものの、
「……朝比奈」
少し考えたあと躊躇いがちに私の首に腕を巻き付けてきた。
私の中で『面倒くさい』から『可愛い』にぐんと比重が傾く瞬間でもある。
軽めの口付けを何回か繰り返すと、龍一郎様の身体が汗ばんでくるのがわかった。
「……龍一郎様」
「なに」
手の甲に一度口付けをすると、龍一郎様に告げた。
「冷えたワインをお持ちします」
「は……………?」
そのまま火照った身体をさますためのワインを取りにキッチンへ向かうと、背後から、馬鹿野郎、という罵声が聞こえた。
寝たふりをして拗ねている龍一郎様のご機嫌をとりながらシャツだけ羽織らせ、ワイングラスを手渡した。
依然として膨れっ面をしていたけれど、注がれたワインを飲み干したあとグラスを私に差し出して言った。
「お前も飲めば?」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて、と差し出されたワイングラスをサイドボードに置き、抱き寄せて唇を重ねた。
口腔内をかきまわすように舌を絡ませるとワインの香りが鼻に抜けるようだった。
最初は暴れ出しそうだった身体も徐々におとなしくなり、唇が離れる頃には主導権は完全にこちらへ譲渡されていた。
数分前のお預けが効いたのか、龍一郎様も今度は素直にねだってくる。
「お前、ほんと何考えてるのかわかんねー奴……」
喘ぎ混じりに龍一郎様はぶつぶつと文句を言う。
それは昔は私の台詞でしたよ、と心の中で苦笑して、そのあとは龍一郎様を抱くことに没頭した。
龍一郎様が私の前でだけおかしい、ということに気付いたのはわりと早い時期だった。
旦那様の温情で一家そろって井坂邸へ住むことになった時、それに従って私も通っていた小学校を転校した。
もちろん住む場所が変わったせいではあるが、あんな事があったあとでは元の環境では過ごしにくいだろう、という旦那様の配慮もあったのだと思う。
目立つ怪我が癒えるまで私は学校を休み、授業に遅れないよう龍一郎様の家庭教師にいっしょに勉強を見てもらっていた。
まだあまり親しくなっていない『旦那様の子供』と勉強をするのは少し落ち着かない気分だったが、それ以上に落ち着きがなかったのは龍一郎様の方だった。
一つ学年が上の私の教科書を見せてもらいたがったり、落とした消しゴムを拾わせようとしたり。
いつもの龍一郎様はあんな風ではないのだけれど、とは後に聞いた家庭教師の言葉だ。
私が来るまでは、多少生意気だけど真面目に授業を聞いている子供だったらしい。
その家庭教師の言葉を聞いて、幼い私は落ち込んだ。
自分のせいで龍一郎様は落ち着きのない子供になってしまった、と。
しかし龍一郎様は私を困らせるのが好きだったが、悪い人でないことはちゃんとわかっていたから嫌いになったりはしなかった。
おとなしく年下の主人に言われるがままだった自分も、そのうちに言い返す術を身につけた。
旦那様からは息子の遊び相手になってくれとは言われたが、世話をしろとは言われていない。
龍一郎様のいない時を見計らって、君には君の人生があるのだから井坂の家に縛られる必要はない、とも言ってくれたこともある。
確かに龍一郎様のわがままお坊っちゃんぶりは父親である旦那様が気にするくらいのものだったが、旦那様の気持ちだけを頂戴して私は龍一郎様の側にいることを選んだ。
あれでいて大事なラインは踏み外さないし、困らせようとする相手も基本的に私ばかりだったので、私があの人の世話を焼くことが宿命なのだろうと思った。
体の傷が治った頃から、私は自分が生きている意味を考えてるようになった。
幸か不幸か長らえたこの命を、どう役に立てれば良いのだろうか。
一番わかりやすい答えは、旦那様に尽くすことだった。
旦那様には朝比奈家が一生かかっても返しきれない恩義がある。
おかげで不自由なく学校に通える自分が、旦那様へ恩返しすることは当然のことだと思われた。
そのことに抵抗などなかったし、それで旦那様が喜んでくれるなら私にとっても嬉しいことだ。
だけど、それには一つ障害があった。
私が龍一郎様を好きになってしまったこと。
それは大恩ある旦那様への裏切りのように思えた。
龍一郎様とどうにかなりたいという望みは口にすべくもなかったし、気持ちを打ち明けられたとて龍一郎様も困るばかりだろう。
よって私の中で答えは決まっていたけれど、この想いが生涯纏わりつくことを憂えた。
その憂いがあまりに大きかったのか、一度旦那様の前で零してしまったことがある。
私の生きている意味は何なのでしょうか、と。
私がお世話係になってから、龍一郎様はわがままを言って私を困らせてばかりいる。
そんな龍一郎様を叱るのが私の役目だったけど、もし私がいなければ誰かを困らせて楽しむようなことはしない、まっとうな人間であったのではないかとも思う。
私が命を取り留めた意味は。
私が井坂家に来た意味は。
一丁前に悩める青年だった私に、旦那様は優しく言ってくださった。
「君が私や妻、龍一郎のために生きようと思っているなら、それは嬉しいことだと思う」
私は旦那様が仰るなら、この生涯を井坂家に捧げると言った。
葛藤はしばらく続くだろうが、旦那様たちに尽くす一生には意義があると感じられた。
しかし旦那様は困ったように笑って、こう言ったのだった。
「何のために生きるか、という大事な問題は君が自分で決めなさい。私が口を出してはいけないことだ」
「この先、きっと一番大切なものが見えてくる。それがわかった時、君の人生を捧げるといい」
旦那様の思いやりは痛いほどにわかった。
だけど当時の私はまだ何も見えていない子供だったので、旦那様の言葉を自分の人生でどう生かせばいいのか見当もつかなかった。
だけど、今ならわかる。
本当に欲しいものを見失ってはいけない、と旦那様は仰ったのだ。
本当に欲しいものを見失ってはいけない。
大切なものを失ってしまわないよう、手を伸ばす勇気を持たなければいけない。
旦那様の言葉の意味を私に教えてくれたのは、皮肉なことに龍一郎様自身だった。
どうしようもなくなって龍一郎様の側を離れようとした私を、あの人は追い掛けてきてくれた。
龍一郎様は別に私がいなくても何も困らない。
自分のことは自分で出来るし、必要な礼儀も能力も身につけている。
でも、問題はそんな自分が嫌いなことだと龍一郎様は仰った。
あの人らしい不器用な言い回しだったけれど、私にはちゃんと伝わった。
龍一郎様は、私といる時の自分が好きだと言ってくれたのだ。
私が甘やかして、調子にのってわがままを言って、私にお説教をされる、そんな人間だと周囲は龍一郎様のことを誤解している。
だけど、そっちの方がいいと言ってくれた。
それは私の存在意義を肯定してくれる言葉に他なかった。
私がいなければ龍一郎様の生き方はもっと別なものになっていたのかもしれない。
もしかしたら龍一郎様の人生に、私はいない方がよかったのかもしれない。
そんな私の憂いを、龍一郎様はたった一言で吹き飛ばしてくれた。
龍一郎様のためを思って、などという言い訳をして逃げようとしていた私は覚醒した。
一生この方についていこうと決めた幼き日の決意は間違っていなかったのだ。
こんなに私のことに一生懸命になってくれる人から、離れられるはずなかったのに。
全てはあなたのためだけに生きようと決めた。
人生で大切なことを教えてくれたのは、いつだって龍一郎様だったのだ。
私の運転する車の中、仕事が終わった龍一郎様はネクタイを緩めながらシートにぐったりともたれかかった。
服装自由の編集者から役員になった時、スーツが窮屈だとごねていたのがついこの前のことのようだ。
結局私が毎朝龍一郎様のネクタイを結ぶ約束で引き下がり、渋々スーツを着て通勤をしている。
昔は、この人がもし結婚したら妻となる人にも同じように振る舞うのだろうかと考えてため息をついていたが、今では別の意味でため息が出る。
「朝比奈」
唐突に龍一郎様が声をかけて寄越す。
「自分の好きなところ三つ、挙げてみろ」
「…………好きなところ、ですか」
別段照れた様子もなく真顔でそんなことを言い出すので、いつから龍一郎様はこんな表情で睦み言を言えるようになったのだろうと感心した。
龍一郎様のことは好きだが、どこが好きか聞かれるような機会はないので、少し考えてしまった。
自分の人生において龍一郎様の存在はあまりに大き過ぎるので、好きなところなどという軽い言葉では表せないような気もしたが、
「わかりました。真面目に答えさせていただきます」
一度言葉にして告げるのも悪くはないだろうと、答えることにした。
「自分の才能に忠実なところ、欲しいものを手に入れる勇気を持っているところ」
「………?」
「それから、いつも私のことを気遣ってくださるやさしいところ。私はそんな龍一郎様のことが好きですよ」
私が言い終わるか終わらないかのタイミングで、ゴン、と鈍い音が聞こえた。
「朝比奈……お前ってほんと………」
「龍一郎様?」
横目で龍一郎様の様子をうかがうと、車の窓ガラスに頭をぶつけて顔を真っ赤にしていた。
少しストレート過ぎたか、と私が考えていると龍一郎様に怒鳴られた。
「誰が俺の好きなところを聞いたッ!俺は自分の好きなところ、お、ま、え、の、好きなところを聞いたんだよ!」
「……………………なるほど」
「今日入社試験の面接やってきて学生に対する質問の……、いやいい、もういいや」
龍一郎様は睦み言のつもりなど一切なく、単に今日あった面接の話をしたかっただけらしい。
道理で照れも何もないはずだ。
これはたいへんな勘違いをしてしまった、とかすかな笑いをこらえていると、龍一郎様に睨まれた。
「自分で言っといてウケるんじゃねーよ。ていうか、まあ、俺も本気にしてないけどな」
不貞腐れた顔で窓の外に視線を逸らされたので、私は弁解をした。
「確かに仰った質問の意味は勘違いしましたが、私が答えたことは全て本当に思っていることですよ」
私はいつも、この人に困らされ、振り回されてばかりいる。
だけど私の愛するこの主人は私の持っていないものをたくさん持っていて、いつもそれに救われてきた。
とくに龍一郎様のやさしさは、私に生きる意味を与えてくださった。
「……やさしいとか、初めて言われたんだが」
「他の人は知らないのでしょう」
龍一郎様はやさしいひとだ。
自惚れかもしれないけれど、私が側にいる時の龍一郎様がどんな時より一番やさしいと思う。
そして、私はずっとそれに守られていた。
「で、お前そのやさしい俺に何かしてもらいたいことがあるのか?」
幾分照れが落ち着いてきたのか、龍一郎様はまたいつもの傲岸な態度を取り戻した。
やさしい俺が何でも叶えてやる、とでも言いたげな顔だ。
「そうですね」
これまでの人生で、龍一郎様には十分過ぎるほどのものをもらってきた気がする。
これ以上望むことはあまりないのだが、
「健康で長生きしてくださると嬉しいです」
できれば死ぬまで側にいて仕えたいと思う。
それが私の喜びであり、生きる意味でもある。
私の返事に不服そうな表情をしていた龍一郎様だったけれど、自宅への道を無視してまっすぐ私の家へ車を走らせると、満足そうに鼻で笑うのだった。
END
一家心中を決行するほど、両親が追い詰められていたことに気付かなかった自分を責めた。
その次には恨んだ。
追い詰められたとはいえ、子供である自分の命まで道連れにしようとした両親を情けなく思った。
両親にとって自分の人生とはそんなものだったのか、と恨んだ。
その後いくつかの段階を経て、悩み、考えた。
そうして今、最終的に私の中に残ったのは深い悲しみだった。
同情でも恨みでも自責の念とも違う、ただ悲しいと思う気持ちが残った。
あの出来事のあともこうして自分たちは生きているし、当時の親の年齢に近づくことで理解できたこともある。
それなりに穏やかな生活を送っていけることに対する、感謝の気持ちも忘れることはない。
ただ、両親のことをかなしいひとたちだ、と思った。
彼らのこの先の幸福を願いながら、私は思い出していた。
自分はどうして生きているのか、ということばかり考えていた日々のことを。
先人たちがどれだけこの問いに打ち当たり、どれだけの数の答えが導き出されてきたのかは知らない。
だけど私は生きようと思った。
私の側にはいつも、私の悲しみを覆ってしまえるやさしさを持った人がいたから。
その人のために私は生きようと思った。
性惰は横暴、知能は狡猾、特技は金勘定。
どこの暴君の話だと思われるかもしれないが、私の愛する主人・井坂龍一郎とはこのような人物であった。
愛する、とは皮肉でもなければ、敬愛の意味でもない。
言葉通りの意味で、私は主人である龍一郎様のことを所謂恋愛感情として慕っているのである。
叶わない想いだと思っていたこの感情を、ずっと同じように抱えていたのだと龍一郎様から打ち明けられたのはもう十年も前のことになる。
あの人は普段の尊大さから想像もできないくらい不器用なところがあるということを、私はその時初めて知った。
素直な気持ちを口にできないから八つ当りをする。
私が思い通りにならないから無茶な命令をする。
そういう人なのだ、と理解するとあとは早かった。
ただ想いを交わし合ったとはいえ、その態度を甚だ面倒だと思う気持ちと可愛らしいと思う気持ちは、現在も五分五分くらいであるのだが。
情事の余韻が残るベッドの上でも、主人と下僕という鎖が千切れることはない。
「朝比奈、ワイン」
裸のまま大の字に寝そべり、私に物を言い付ける龍一郎様を見て視線でため息をつく。
昔の奴隷は人間と思われていなかったため、女主人でも堂々と奴隷の目の前で裸になり着替えをしたという。
この人は散々自分の前で無防備な姿を晒してきたが、従順な下僕の欲情など想像もしなかったのだろう。
「ワインをどうしてほしいんです。捨ててほしいのですか。それとも飲ませてほしいのですか」
「……この状況で恋人にその台詞かよ」
迫力のない目付きで睨まれても、言葉を重ねるだけだ。
甘えたいなら素直にそう言えばいいものを。
「あなたこそ恋人だと思っているなら、しなだれかかって抱擁の一つでもして見せなさい」
相変わらずの私の説教にうんざりした表情を見せたものの、
「……朝比奈」
少し考えたあと躊躇いがちに私の首に腕を巻き付けてきた。
私の中で『面倒くさい』から『可愛い』にぐんと比重が傾く瞬間でもある。
軽めの口付けを何回か繰り返すと、龍一郎様の身体が汗ばんでくるのがわかった。
「……龍一郎様」
「なに」
手の甲に一度口付けをすると、龍一郎様に告げた。
「冷えたワインをお持ちします」
「は……………?」
そのまま火照った身体をさますためのワインを取りにキッチンへ向かうと、背後から、馬鹿野郎、という罵声が聞こえた。
寝たふりをして拗ねている龍一郎様のご機嫌をとりながらシャツだけ羽織らせ、ワイングラスを手渡した。
依然として膨れっ面をしていたけれど、注がれたワインを飲み干したあとグラスを私に差し出して言った。
「お前も飲めば?」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて、と差し出されたワイングラスをサイドボードに置き、抱き寄せて唇を重ねた。
口腔内をかきまわすように舌を絡ませるとワインの香りが鼻に抜けるようだった。
最初は暴れ出しそうだった身体も徐々におとなしくなり、唇が離れる頃には主導権は完全にこちらへ譲渡されていた。
数分前のお預けが効いたのか、龍一郎様も今度は素直にねだってくる。
「お前、ほんと何考えてるのかわかんねー奴……」
喘ぎ混じりに龍一郎様はぶつぶつと文句を言う。
それは昔は私の台詞でしたよ、と心の中で苦笑して、そのあとは龍一郎様を抱くことに没頭した。
龍一郎様が私の前でだけおかしい、ということに気付いたのはわりと早い時期だった。
旦那様の温情で一家そろって井坂邸へ住むことになった時、それに従って私も通っていた小学校を転校した。
もちろん住む場所が変わったせいではあるが、あんな事があったあとでは元の環境では過ごしにくいだろう、という旦那様の配慮もあったのだと思う。
目立つ怪我が癒えるまで私は学校を休み、授業に遅れないよう龍一郎様の家庭教師にいっしょに勉強を見てもらっていた。
まだあまり親しくなっていない『旦那様の子供』と勉強をするのは少し落ち着かない気分だったが、それ以上に落ち着きがなかったのは龍一郎様の方だった。
一つ学年が上の私の教科書を見せてもらいたがったり、落とした消しゴムを拾わせようとしたり。
いつもの龍一郎様はあんな風ではないのだけれど、とは後に聞いた家庭教師の言葉だ。
私が来るまでは、多少生意気だけど真面目に授業を聞いている子供だったらしい。
その家庭教師の言葉を聞いて、幼い私は落ち込んだ。
自分のせいで龍一郎様は落ち着きのない子供になってしまった、と。
しかし龍一郎様は私を困らせるのが好きだったが、悪い人でないことはちゃんとわかっていたから嫌いになったりはしなかった。
おとなしく年下の主人に言われるがままだった自分も、そのうちに言い返す術を身につけた。
旦那様からは息子の遊び相手になってくれとは言われたが、世話をしろとは言われていない。
龍一郎様のいない時を見計らって、君には君の人生があるのだから井坂の家に縛られる必要はない、とも言ってくれたこともある。
確かに龍一郎様のわがままお坊っちゃんぶりは父親である旦那様が気にするくらいのものだったが、旦那様の気持ちだけを頂戴して私は龍一郎様の側にいることを選んだ。
あれでいて大事なラインは踏み外さないし、困らせようとする相手も基本的に私ばかりだったので、私があの人の世話を焼くことが宿命なのだろうと思った。
体の傷が治った頃から、私は自分が生きている意味を考えてるようになった。
幸か不幸か長らえたこの命を、どう役に立てれば良いのだろうか。
一番わかりやすい答えは、旦那様に尽くすことだった。
旦那様には朝比奈家が一生かかっても返しきれない恩義がある。
おかげで不自由なく学校に通える自分が、旦那様へ恩返しすることは当然のことだと思われた。
そのことに抵抗などなかったし、それで旦那様が喜んでくれるなら私にとっても嬉しいことだ。
だけど、それには一つ障害があった。
私が龍一郎様を好きになってしまったこと。
それは大恩ある旦那様への裏切りのように思えた。
龍一郎様とどうにかなりたいという望みは口にすべくもなかったし、気持ちを打ち明けられたとて龍一郎様も困るばかりだろう。
よって私の中で答えは決まっていたけれど、この想いが生涯纏わりつくことを憂えた。
その憂いがあまりに大きかったのか、一度旦那様の前で零してしまったことがある。
私の生きている意味は何なのでしょうか、と。
私がお世話係になってから、龍一郎様はわがままを言って私を困らせてばかりいる。
そんな龍一郎様を叱るのが私の役目だったけど、もし私がいなければ誰かを困らせて楽しむようなことはしない、まっとうな人間であったのではないかとも思う。
私が命を取り留めた意味は。
私が井坂家に来た意味は。
一丁前に悩める青年だった私に、旦那様は優しく言ってくださった。
「君が私や妻、龍一郎のために生きようと思っているなら、それは嬉しいことだと思う」
私は旦那様が仰るなら、この生涯を井坂家に捧げると言った。
葛藤はしばらく続くだろうが、旦那様たちに尽くす一生には意義があると感じられた。
しかし旦那様は困ったように笑って、こう言ったのだった。
「何のために生きるか、という大事な問題は君が自分で決めなさい。私が口を出してはいけないことだ」
「この先、きっと一番大切なものが見えてくる。それがわかった時、君の人生を捧げるといい」
旦那様の思いやりは痛いほどにわかった。
だけど当時の私はまだ何も見えていない子供だったので、旦那様の言葉を自分の人生でどう生かせばいいのか見当もつかなかった。
だけど、今ならわかる。
本当に欲しいものを見失ってはいけない、と旦那様は仰ったのだ。
本当に欲しいものを見失ってはいけない。
大切なものを失ってしまわないよう、手を伸ばす勇気を持たなければいけない。
旦那様の言葉の意味を私に教えてくれたのは、皮肉なことに龍一郎様自身だった。
どうしようもなくなって龍一郎様の側を離れようとした私を、あの人は追い掛けてきてくれた。
龍一郎様は別に私がいなくても何も困らない。
自分のことは自分で出来るし、必要な礼儀も能力も身につけている。
でも、問題はそんな自分が嫌いなことだと龍一郎様は仰った。
あの人らしい不器用な言い回しだったけれど、私にはちゃんと伝わった。
龍一郎様は、私といる時の自分が好きだと言ってくれたのだ。
私が甘やかして、調子にのってわがままを言って、私にお説教をされる、そんな人間だと周囲は龍一郎様のことを誤解している。
だけど、そっちの方がいいと言ってくれた。
それは私の存在意義を肯定してくれる言葉に他なかった。
私がいなければ龍一郎様の生き方はもっと別なものになっていたのかもしれない。
もしかしたら龍一郎様の人生に、私はいない方がよかったのかもしれない。
そんな私の憂いを、龍一郎様はたった一言で吹き飛ばしてくれた。
龍一郎様のためを思って、などという言い訳をして逃げようとしていた私は覚醒した。
一生この方についていこうと決めた幼き日の決意は間違っていなかったのだ。
こんなに私のことに一生懸命になってくれる人から、離れられるはずなかったのに。
全てはあなたのためだけに生きようと決めた。
人生で大切なことを教えてくれたのは、いつだって龍一郎様だったのだ。
私の運転する車の中、仕事が終わった龍一郎様はネクタイを緩めながらシートにぐったりともたれかかった。
服装自由の編集者から役員になった時、スーツが窮屈だとごねていたのがついこの前のことのようだ。
結局私が毎朝龍一郎様のネクタイを結ぶ約束で引き下がり、渋々スーツを着て通勤をしている。
昔は、この人がもし結婚したら妻となる人にも同じように振る舞うのだろうかと考えてため息をついていたが、今では別の意味でため息が出る。
「朝比奈」
唐突に龍一郎様が声をかけて寄越す。
「自分の好きなところ三つ、挙げてみろ」
「…………好きなところ、ですか」
別段照れた様子もなく真顔でそんなことを言い出すので、いつから龍一郎様はこんな表情で睦み言を言えるようになったのだろうと感心した。
龍一郎様のことは好きだが、どこが好きか聞かれるような機会はないので、少し考えてしまった。
自分の人生において龍一郎様の存在はあまりに大き過ぎるので、好きなところなどという軽い言葉では表せないような気もしたが、
「わかりました。真面目に答えさせていただきます」
一度言葉にして告げるのも悪くはないだろうと、答えることにした。
「自分の才能に忠実なところ、欲しいものを手に入れる勇気を持っているところ」
「………?」
「それから、いつも私のことを気遣ってくださるやさしいところ。私はそんな龍一郎様のことが好きですよ」
私が言い終わるか終わらないかのタイミングで、ゴン、と鈍い音が聞こえた。
「朝比奈……お前ってほんと………」
「龍一郎様?」
横目で龍一郎様の様子をうかがうと、車の窓ガラスに頭をぶつけて顔を真っ赤にしていた。
少しストレート過ぎたか、と私が考えていると龍一郎様に怒鳴られた。
「誰が俺の好きなところを聞いたッ!俺は自分の好きなところ、お、ま、え、の、好きなところを聞いたんだよ!」
「……………………なるほど」
「今日入社試験の面接やってきて学生に対する質問の……、いやいい、もういいや」
龍一郎様は睦み言のつもりなど一切なく、単に今日あった面接の話をしたかっただけらしい。
道理で照れも何もないはずだ。
これはたいへんな勘違いをしてしまった、とかすかな笑いをこらえていると、龍一郎様に睨まれた。
「自分で言っといてウケるんじゃねーよ。ていうか、まあ、俺も本気にしてないけどな」
不貞腐れた顔で窓の外に視線を逸らされたので、私は弁解をした。
「確かに仰った質問の意味は勘違いしましたが、私が答えたことは全て本当に思っていることですよ」
私はいつも、この人に困らされ、振り回されてばかりいる。
だけど私の愛するこの主人は私の持っていないものをたくさん持っていて、いつもそれに救われてきた。
とくに龍一郎様のやさしさは、私に生きる意味を与えてくださった。
「……やさしいとか、初めて言われたんだが」
「他の人は知らないのでしょう」
龍一郎様はやさしいひとだ。
自惚れかもしれないけれど、私が側にいる時の龍一郎様がどんな時より一番やさしいと思う。
そして、私はずっとそれに守られていた。
「で、お前そのやさしい俺に何かしてもらいたいことがあるのか?」
幾分照れが落ち着いてきたのか、龍一郎様はまたいつもの傲岸な態度を取り戻した。
やさしい俺が何でも叶えてやる、とでも言いたげな顔だ。
「そうですね」
これまでの人生で、龍一郎様には十分過ぎるほどのものをもらってきた気がする。
これ以上望むことはあまりないのだが、
「健康で長生きしてくださると嬉しいです」
できれば死ぬまで側にいて仕えたいと思う。
それが私の喜びであり、生きる意味でもある。
私の返事に不服そうな表情をしていた龍一郎様だったけれど、自宅への道を無視してまっすぐ私の家へ車を走らせると、満足そうに鼻で笑うのだった。
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