絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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宇佐見さんはヒロさんの幼なじみで、ヒロさんが昔好きだった人だ。
昔好きだった、と俺自身はっきり言い切れるようになったのはわりと最近のことで、ここまで辿り着くのにはたくさん葛藤があった。そもそも俺がヒロさんを好きになったきっかけがヒロさんの涙なのだ。
ヒロさんの涙ほど綺麗なものを俺は知らない。
ヒロさんが誰かを想って泣いている姿はこの世の誰より美しい人だと思う。その誰かが自分でなくとも構わない。ヒロさんの綺麗な涙を止めてあげたい。泣いている理由を知りたい。
今まで知らなかった感情が次々にあふれて、そして俺は自分が恋に落ちたことを知った。
奇跡みたいだけど、今ヒロさんは俺の側にいてくれて、笑ったり怒ったり忙しい。あと、本当に仕事が忙しくてすれ違ったりすることもある。
それでも概ねヒロさんとの生活は幸せなことばっかりで、ヒロさんの寝顔を見ながら眠りにつくのが至福の時間だ。
ヒロさんを悲しくて泣かせるようなことはもうないと思う。そんなことを確信できたのも、悔しいけれどやっぱり宇佐見さんとヒロさんとの間にちょっとしたことがあったからだった。
「ああ、君は確か弘樹の……」
「……こんにちは、ヒロさんがいつもお世話になってます」
ある日、偶然街で宇佐見さんに会った。
まるで俺がヒロさんの身内のような挨拶をするのは俺の見栄だ。
その日は俺は病院から一旦家に帰る途中で、日中なのにかなりよれよれな格好をしていた。高級そうなスーツを着こなして真っ赤なスポーツカーを運転している宇佐見さんとは対照的だ。
ヒロさんと出会う前は自分の格好を気にしたことなんてあまりなかったけど、なんだか最近は気になってしまう。
そんな俺の心中など知らぬであろう宇佐見さんは何気ない風に話し掛けてきた。
「弘樹に渡してほしいものがあるんだが、頼まれてくれるかな」
「……ええ、構いませんけど……」
時々、この人は俺のことをどう思っているのかな、と不思議に思ってしまう。ヒロさんと出会った当初から一方的に張り合ってきたつもりだったけど、それに対して宇佐見さんからはいつもリアクションらしいリアクションはない。
自分がヒロさんにものすごく執着しているせいで不思議に見えるのかもしれないけど、宇佐見さんはこっちが拍子抜けしてしまうくらいクールに振る舞うのだった。
(もしかしてヒロさんに興味ないのかな)
そんなことを考え、自分で否定する。ヒロさんみたいに魅力的な人に興味を持たない人はいないと思うし、なんだかんだでこの二人はよく会っているようなのだ。
そう思うと、俺のことだけでなくヒロさんのこともどう思っているのかよくわからない。昔ヒロさんが宇佐見さんを好きだったことを考えると複雑な気分だ。
ぼんやりとそんなことを考えていると、コンコン、と助手席の窓を叩かれた。
「どうぞ」
「えっ?」
戸惑う俺に、宇佐見さんは助手席を指差して乗るように促す。
「ウチまで来てもらおうかと思ったんだが、時間がないならまたの機会でも……」
「あっ、いえ。大丈夫です」
時計を確認してヒロさんがまだ帰ってくる時間ではないことを確かめると、慌てて俺は車に乗り込んだ。別に俺と宇佐見さんが仲良くなる義理はないけれど、一応、なんとなく、宇佐見さんのことを知っておきたいという気分になり、誘いに乗ってしまった。
(ヒロさんのことも色々教えてもらえるかもしれないし)
このことがヒロさんにバレたら怒られるかもしれないが、今回は興味が勝ってしまった。
相変わらず頭の中はヒロさんのことでいっぱいな俺を隣に乗せ、宇佐見さんはアクセルを踏み込んだ。
「すごい…マンション……」
目の前にそびえる高層マンションを見て、俺は感嘆した。
見るからに高級なマンションで、しかもワンフロア宇佐見さんのものらしい。お金持ちなのは知っていたけど、根っからの庶民である俺の想像なんかでは及ばないレベルのようだ。
そわそわしながら宇佐見さんについてエレベーターに乗り、玄関まで案内された。
「すまないが、少しそこに掛けて待っててもらえるか」
「あ、はい。お邪魔します」
遠慮しつつソファーに座ると、宇佐見さんは奥の部屋へ行き、何やら一冊の本のようなものを持ってきた。
「これは……アルバム?」
「よくわからんが、弘樹のおふくろさんがうちに送ってきた」
俺にそれを手渡すと、宇佐見さんも椅子に腰掛けた。
「あの、中を見ても」
「どうぞ」
我慢できなくてその場でアルバムをめくると、そこには楽園が広がっていた。
(ヒロさんかわいい……かわいすぎる……)
アルバムに貼られていたのは、幼い頃のヒロさんと宇佐見さんの写真だった。
ヒロさんの小さい頃の写真は何回か見たことがあるけど、それはもうかわいかった。今でもかなり童顔な見た目をしているので、昔から雰囲気は全然変わっていない。意志の強そうな目に、さらさらの髪。昔から真っすぐな子だったんだろうということがよくわかる。
俺に写真を見られた時、すぐヒロさんは写真を取り上げてしまった。もっとたくさん見るにはヒロさんの実家に行くしかないかなあと思っていたのだが、思いがけずこんなに拝むことができるとは。
「でもどうして宇佐見さんのところに?」
「……気を遣ってくれたんだろう。俺の実家に俺の写真がとってあるとは思えないからな」
さりげなく言われた言葉に、なんとなく宇佐見さんの複雑な家庭事情が察せられる。
しかしそれを差し引いても宇佐見さんが羨ましかった。
(ヒロさんもかわいいけど、宇佐見さんもモデルみたいだな。なんなんだろうこの二人……)
見れば見るほど、ヒロさんと宇佐見さんの関係は謎だ。自分自身、これを見てもっと嫉妬心が湧きあがるかと思ったのだけど、意外にも好奇心の方を強く感じた。
「でも、せっかくヒロさんのお母さんが送ってくださったものをいいんですか?」
「弘樹が映ってないものは別でもらったんだ。ま、結婚式でもする時はまた貸してもらおうかな」
「……え?」
宇佐見さんは俺の反応には返事をせず、そういうことだから、と車のキーを持って玄関の方へ歩き出した。帰りも送ってもらうのは申し訳ないと遠慮したが、同居人を迎えに行くついでだからと言われた。
この同居人という人も謎だった。この前ちょっとだけ遭遇したけれど、ヒロさんを見てすぐに逃げてしまったのでよくわからなかった。
もちろん、いっしょに住んでいるというだけで誰も彼も俺とヒロさんのような関係ではないのだろう。だけど、ヒロさんが言うにはよほど心を許していなければ、他人とは暮らせない人だと言っていた。
(それってやっぱり……)
その疑問も口に出せないまま、再び宇佐見さんの車に乗って家まで帰ったのだった。
(すごいなあ。ヒロさんって昔からかわいいんだなあ)
家に帰った俺は、飽きもせずアルバムをめくっていた。運動会や卒業式、習いごとの大会の写真もある。
中でもピアノの発表会の写真は正装している小さなヒロさんがそれはそれはかわいくて、思わずため息が漏れてしまう。手に持った花束は、見に行った宇佐見さんが贈呈したものだろうか。
たくさんのヒロさんのかわいい写真を見られて俺はほくほくしていたけど、ふと宇佐見さんはこんなに長い間ヒロさんといっしょにいられたんだな、と思ってしまう。
こればっかりは偶然なので羨んでも仕方ないけれど、たまにヒロさんの実家と草間園が近所だったら、なんて妄想をする時もある。
(でも、そしたらヒロさんと付き合えてなかったかもしれないしな)
ああいうシチュエーションで出会ったからこそヒロさんと結ばれたのだと思うと、俺の妄想は贅沢だろう。
そんな不毛なことを考えていると、あるページで俺の手は止まった。
「一枚、欠けてる……?」
ヒロさんのお母さんらしくきっちりと写真が並べられたアルバムだったけれど、不自然に一ヶ所空白があった。
さっきの話から、宇佐見さんが抜いたわけではないようだ。どんな写真がここに貼られていたか気になったけれど、時計を見るとヒロさんがそろそろ帰ってきそうな時間だったので、アルバムを机の引き出しにしまった。
ヒロさんにと頼まれたものだから渡さなくてはいけないのはわかっているけれど、俺が一生懸命写真を見ていたら照れ屋のヒロさんにアルバムを取り上げられてしまうかもしれない。駄々っ子のようだけど、もう少しこれを見ていたかった。
あと、宇佐見さんの家に行ったことをヒロさんが知ったら余計な気を遣いそうだと思うのでヒロさんから何も聞かれない限りは言わないことにしておこうと思う。
そうしてアルバムをしまいこみ夕飯の支度をしているうちに、一枚足りない写真のことはすっかり忘れてしまっていた。
ちょうど俺が夕食の支度を終えたくらいにヒロさんは帰ってきた。毎日こんな風に顔を合わせられたらいいのにと思うけれど、今はこういうたまの機会を大切にするくらいしかできない。
テーブルで向かい合ってヒロさんとご飯を食べる時間は貴重だけど、今日だけは小さい頃のヒロさんの写真をずっと眺めていたせいで、夕飯の時にヒロさんを見てついにやにやしてしまうのを堪えるのが大変だった。
洗い物を済ませたあと、部屋に戻ってアルバムを取ってきた。
「ヒロさん、これ宇佐見さんから」
「はあ?秋彦から?なんでまた野分に……」
「昨日帰る途中で偶然お会いして、渡されたんです」
ちょっとだけ嘘をつく。やっぱり宇佐見さんの家に行ったことは言えなかった。
「ふーん、昔っからうちの母親は秋彦贔屓だったけど、まさかアルバムまであいつのところに送るとは……」
ぶつぶつと自分の母親への文句をつぶやきながら、ヒロさんはアルバムのページをめくった。興味なさそうな顔をしてるけれど、ちょっと照れ気味なのがかわいい。
それでもやっぱり懐かしそうな表情もするから、宇佐見さんが羨ましいな、と思ってしまったり。
そんな風にアルバムをめくるヒロさんを見ていると、俺の視線に気付いたヒロさんが顔を上げた。
「……なんだよ」
「いえ、ヒロさんは今も昔もかわいいなって」
言い終わるか終わらないかのうちにヒロさんに頭をはたかれた。
「どうせまたよからぬこと考えてるんだろ?」
「どんなことですか?」
「だから俺の写真がほしいとかそういうつまんねーことを……」
「えっ?くれるんですか?」
俺が嬉しそうな声をあげると、すかさずヒロさんは、しまった、という顔をした。
「ヒロさんの大事なものなのに、俺なんかが欲しがっちゃいけないってわかってます……。でも……」
できるなら、ほしい。ものすごく、ほしい。
かわいいヒロさんの写真がほしいという単純な理由もあるけれど、どちらかというと俺がほしいのはヒロさんの過去だった。
時間をさかのぼってヒロさんと出会うことは不可能なので、その分昔のヒロさんのことは何でも知りたいと思ってしまう。結局独占欲の一種なのだろうけど、そう思わずにはいられなかった。
ヒロさんは顔を少し赤らめたまま、何か考えるような素振りをした。
「……じ、条件がある」
「はい」
ちょっと緊張しながら、ヒロさんの言葉の続きを待つ。
「……お前のアルバムと交換……」
「え?」
「だから!俺にもお前のアルバム見せろってことだよ!なんで俺が一方的に見せてんだよ!」
一瞬ぽかんとしてしまったけど、ヒロさんの言っている意味がわかると飛び付くようにしてヒロさんを抱き締めてしまった。俺がヒロさんのことを知りたいと思ってるのと同じように、ヒロさんも思ってくれているなんて。
ヒロさんがこうやって些細なことで俺たちは両思いだってことを教えてくれるので、俺の心はいつも新鮮な喜びであふれてしまう。
力一杯抱き締めた腕の中でしたばたもがいているヒロさんは耳まで真っ赤で、うっかりヒロさんが逃げてしまわないように俺はゆっくりと尋ねた。
「今度、時間のある時に草間園に行こうと思ってたんです。きっとアルバムもあるので持ってきます。そしたら本当に交換してくれますか?」
「……写真見てから考える」
つまらない写真だったら却下だ、と言われた。
「たぶん、ヒロさんのかわいさには負けると思いますけど……。でもヒロさんの写真ほしいので、頑張って面白い写真探してきますね」
「お前は……」
呆れたようにつぶやくヒロさんの頬に触れて、そっとこっちを向かせる。また怒られるかと思ったけど、はあ、というヒロさんの甘い吐息が聞こえて躊躇いは吹き飛んだ。その吐息が拡散してしまわないうちに、唇を押し当てる。
ぴく、とヒロさんの肩が震えたけれど、逃げる気配はない。逆に小さく口を開けてくれたヒロさんの舌を吸うようにしてキスを深くした。
「ん……野分……」
キスの合間に漏れるヒロさんの艶めかしい声が俺の名前を呼び、それに応えて俺はヒロさんの耳元で囁く。
ヒロさん、と呼び掛ければ、それだけで体温が上がるような気がした。
「あ……、野分……ん」
「ヒロさん……」
指先でヒロさんの素肌を探ると、服の裾を引っ張られ、続きはベッドでと促された。幸いこのままリビングで押し倒してしまわないだけの理性は持ち合わせていたので、ヒロさんのおでこにちゅっと一回キスを落としたあと、指を絡めてベッドまで移動した。
「野分……お前明日朝早いって言ってなかっ……ッあ」
「……大丈夫です、ヒロさん補給の方が大事なので」
「馬ッ鹿……あ、あ、あ……っ」
「ヒロさん……ッ」
なかなかヒロさんと触れ合えない分、こういう時についしつこくヒロさんを求めてしまう。
ヒロさんは優しいから俺が明日早番だということを覚えていて心配してくれたけど、俺がもっとと手を伸ばすとあきらめて身体を委ねてくれた。俺は睡眠不足よりヒロさん不足の方が深刻だということになかなか理解できないらしい。だけどヒロさんの気遣いも嬉しいから、本当は俺は手軽な男だと思う。
ぎゅうぎゅうとヒロさんを抱き締めながら、肌も心も触れ合わせられる時間を愛しんだ。
だんだんヒロさんの方も熱に浮かされたようになってきて、俺の背中に爪を立てながら一生懸命しがみついてくる。キスと律動を何度も何度も繰り返し、二人同時にシーツに沈むとヒロさんはうまく動かせない指で俺の髪を梳いてくれた。
呼吸が整ってきた頃、しみじみとヒロさんは言った。
「しかし子供の頃っつっても、野分に会った時まだお前子供だったからな」
「えー、子供じゃないです!」
「十八歳だろ?今考えりゃ子供みたいなもんだろーが」
確かに今の俺が十八歳の子たちを見たら、若いなと思うだろう。当時のヒロさんもそうだったのかもしれない。
家庭教師を頼み込んでかなり俺は強引にヒロさんの部屋へ出入りするようになった。あの時ヒロさんがわりと無防備に受け入れてくれたのは、俺を子供だと思って油断していたのかもしれない。
ヒロさんとの年の差で悩むこともあったけど、そう思うと俺が年下だったことは意外に幸運だったりして、と考えてしまった。
「今でも子供だって思ってます?」
「いや、それは……」
ヒロさんに追い付くことで散々悩んできた俺を見てきているので、ヒロさんは一瞬口籠もった。だけど、すぐにいつもの口調になってこんなことを言ってくれた。
「百歳になりゃ百歳と百四歳でどっちも超高齢者だ。……それまでおとなしく待っとけ」
「……はい!」
布団ごとヒロさんに抱きついて、元気よく返事をした。
これまでの人生の約四倍をこれから生きなくちゃいけないわけだけど、ヒロさんさえ側にいてくれるなら百年だろうが二百年だろうが平気だと思う。
そんな約束をヒロさんとしたものの、忙しくて結局草間園には行けない日が続いた。ヒロさんと顔を合わせるので精一杯だ。
そんなある日、また思いがけない人と出会ったのだった。
夕方家に帰るために自転車を漕いでいると、家の近所で男の子が一人きょろきょろと辺りを見回していた。
高校生か大学生か、今日は平日ではないので服装だけではわからないが、片手に何か写真のようなものを持っている。
(人探しかな。写真で人探しとは古風な……)
そんなことを考えながら通り過ぎようとしたのだけど、一瞬彼の手にある写真が目に入り、俺は急ブレーキを踏んだ。
「え……ヒロさん……?」
この俺が見間違えるはずがない。
彼が握っているのは紛れもなくヒロさんの写真、それも子供の頃の写真だった。
(彼は一体何者なんだろう)
ヒロさんの知り合いだろうか。
少し迷ったけれど、俺は声をかけることに決めた。あれがヒロさんの写真である以上、彼がヒロさんを探している可能性も高い。
「あの、誰か探してるんですか?」
何気ない風を装って、俺は男の子に近づいた。
俺が声を掛けると、その男の子はびくっと驚き、俺の方を振り向いた。
「あ、えーと、怪しい者じゃなくて……」
「その写真の人を探してるんですか?」
俺がそう問い返すと慌てて手元の写真を見て、そして首を傾げた。
「……なんで俺が探してるのが子供じゃないって思ったんですか……?」
「………!」
今度は驚くのは俺の番だった。
彼の持っている写真に写っている子供が成人していることを知っているのは、俺がその人物を知っていることに他ならない。こちらからカマをかけたつもりだったけど、これでは俺の方が怪しまれてしまう。
俺は観念して素直に全部話すことにした。
「探してるのは、もしかして上條弘樹さんという人では?」
「知ってるんですか!?」
ヒロさんの名前を出すと、目を丸くされた。
「ていうかよくわかりましたね!俺、最初この子が上條……先生だって全然気付かなかったです」
彼が『先生』という呼称を使ったことで、おそらく大学の学生なのだろうということがわかった。しかし大学の学生がなぜヒロさんの写真を持っているのだろうか。
「……俺、この写真を上條先生に返そうと思ってここまで来たんです」
困ったような顔でそう告げられ、とりあえず俺はどこかで落ち着いて話でも、と近所の公園へ誘った。
彼の名前は高橋美咲くんというそうだ。
俺も名前を名乗り自己紹介をしたけれど、最初怪しんでしまったのが申し訳ないくらい礼儀正しい子だった。
公園のベンチに腰掛けて、あらためて持っていた写真をよく見せてもらうと、ヒロさんよりは小さく宇佐見さんも写っていた。
(もしかして……)
頭に一つの考えが浮かんだけれど、まずは高橋くんの話を聞くことにした。
「これ上條先生ですけど、この隣に写ってるのがなんていうか……俺の居候先の大家さんで」
やっぱり、と思った。彼が宇佐見の『同居人』だ。
高橋くんの話はこうだった。
ある日宇佐見さんの部屋でアルバムを見つけた彼は、宇佐見さんといっしょに写っている人物に興味を持った。つい先日ヒロさんと宇佐見さんが知り合いだということを知った彼は、これはもしかしてヒロさんではないかと驚いたらようだ。
俺はヒロさんは昔から変わらないなあと思っていたけれど、生徒となると印象は違うらしい。
「え?まさか上條先生?と思って……。だからこっそり本人と見比べてみようと思って一枚持ち出したんです」
すぐに戻せば気付かれないと思ったのだろう。
確かに宇佐見さんは気付かなかった。しかし気付かないまま俺に渡してしまったので、彼が返そうとした時にはすでにアルバムは宇佐見さんの部屋からなくなっていた。
焦って宇佐見さんに尋ねると、アルバムはもうヒロさんに返したと言う。
「ウサギさんは写真のこと気付いてないみたいだったけど、やっぱ俺が持ってるのはまずいと思って」
「ウサギさん?」
「えっ、あっ、えっと、俺の兄ちゃんがウサギさんの友達でウサギって呼んでて、それで俺も……」
慌てて釈明をする姿に、ついくすっと笑ってしまった。彼は宇佐見さんとはずいぶん仲がいいみたいだ。
ともかくそういう理由で高橋くんは直接写真を返すために家の近所をうろついていたらしい。大学でヒロさんの研究室まで返しに行けばよかったのに、と言うと、高橋くんはこんなことを言った。
「ちょっとあそこに行くのは恐くて……。俺何回も呼び出されてるんで」
それでわざわざヒロさんの家がこの辺りだという話を聞いてやってきたようだ。
「別に怒られないと思うけど……」
「いや、無理です!私用じゃ行けません!」
とりあえず彼がヒロさんのことを非常に恐れていることはわかった。
ところで、と今度は高橋くんが聞き返す番だった。
「草間さんは上條先生とはどういうお知り合いなんですか?」
至極当然な疑問だろう。
俺は少し考えて、とりあえず当たり障りのない回答をすることにした。
「昔ヒロさんに家庭教師をしてもらってて、今でも仲がいいんです」
我ながら模範解答だ。
同棲してる恋人です、と言ってしまってもよかったけど、一応彼がヒロさんの大学の学生だということを考えると、今は正直に伝えない方がいいような気がした。今度ヒロさんにお伺いを立てて、許可が出たら本当のことを言おう。
不審がられるかな、と思ったけど、高橋くんは素直になるほどとうなずいてくれた。隠したいわけじゃないけど、必要以上にヒロさんに興味津々になられても厄介だと津森先輩の件で思っていたところだ。
「……よかったら、俺から写真返しておきますけど」
「えっ?いいんですか?」
「今日、ヒロさんと会う予定なので」
高橋くんの顔がぱあっと明るくなった。今日会えるかどうかはわからないが、少なくとも彼がこの辺をうろつくよりは確実だろう。それに彼をともなってヒロさんの家、というか俺たちの家へ行くのは少し問題があるような気がした。
「あ、ありがとうございます!あの、俺がめちゃくちゃ反省してたって伝えてください!」
ベンチから立ち上がり、高橋くんはぺこぺこ頭を下げる。ここまで学生に恐れられるヒロさんは一体大学ではどんな感じなのか気になって仕方がない。
とにかく彼から写真を受け取り、ちゃんと渡しておくことを約束した。
写真の中で小さなヒロさんが一生懸命リコーダーを吹いている。授業参観か何かだろうか。
必死なヒロさんを涼しげな視線で幼い宇佐見さんが見ている。
「……宇佐見さんってどんな人なんですか?」
「どんな人……?」
宇佐見さんのことを知るにはなんとなく彼に聞くのがいいような気がして、尋ねてみた。
「宇佐見さんといっしょに暮らしてるんですよね?」
重ねて問い掛けると、高橋くんは顔を赤くした。
俺はあまり宇佐見さんのことをよく知らない。知ってることと言えば、ヒロさんの幼なじみで、小説家で、お金持ちで、いつもクールで、っていうことくらいだ。
知ったからってどうなるわけでもないけど、彼の口から宇佐見さんについて色々聞きたい気分になった。いっしょに暮らしていれば、普段は見せないような面も見ているだろう。例えば高橋くんにはヒロさんが俺の前でどんなにかわいい姿を晒しているのか想像できないように。
高橋くんは、赤くなりながらも考え込む様子を見せた。そうしてしばらく考えたあと、口を開いた。
「子供みたいな人、ですね」
高橋くんは言った。そう話す彼の横顔は、呆れたような楽しそうなような複雑な顔だ。
「ウサギさん、外面はいいんですよ。でもいっつも子供みたいなこと言って俺が振り回されて……」
もちろんお世話にはなってるんですけど、と付け加えるのも忘れなかった。
「想像できないですね」
「でしょ!?奴の生活実態を知らない人には全然信じてもらえないんですよ!俺がどれだけ苦労してウサギさんにピーマンを食べさせてるか!」
高橋くんの力説に思わず吹き出してしまった。
確かにあの人が食事の時にピーマンをつまみだして一回りくらい年下の同居人を困らせているだなんて誰も思わないだろう。
他にも、くまのぬいぐるみが好きで山のように部屋にあふれているだとか、財力に任せて欲しいものを欲しいだけ買ってくるだとか、生活能力ゼロだとか、締切のたびに国外逃亡しようとするだとか、色々とスケールの大きな話をしてくれた。彼の語り口は痛快で、愚痴を言っているのだろうけど、宇佐見さんは高橋くんに愛されてるんだなあということがわかる。
宇佐見さんともそんなに親しいわけじゃないし、高橋くんとも今日知り合ったばかりだけど、二人の賑やかな生活が思い浮かぶような気がする。
「宇佐見さんがそんな面白い人だとは知らなかったです」
「面白くないです!」
ヒロさん曰く、絶対他人とは暮らせないタイプの人間の宇佐見さんが、こんなに楽しそうな同居生活をしているとは。あの時のヒロさんの安堵の表情が今なら理解できる。
そういえばあの時も、宇佐見さんは彼を迎えに大学まで来ていたはずだ。高橋くんは高橋くんで宇佐見さんに大事にされているんだろう。
しみじみとそんなことを考えていると、高橋くんが俺の方を向いて言った。
「じ、じゃあ、今度は俺が教えてもらってもいいですか?」
「え?」
「上條先生のことを、です」
「……ああ」
なるほどヒロさんのことは確かに気になるに違いない。
なるべくヒロさんのかわいさは自分だけが知っていたいと思ったけど、同時に誰かに自慢したくてしょうがなかった。いやな言い方だけど、高橋くんが俺と競合することはないだろうし、不思議な親近感のようなものを感じてしまったので、俺はヒロさんの素顔の話をすることにした。
ヒロさんに怒られるかもしれないけど、その時はその時だ。
「ヒロさんはかわいいです」
きょとんとした顔で高橋くんは俺の話を聞いている。
「大学で『鬼の上條』って呼ばれてるのは知ってます。俺も昔からよく怒られました」
「やっぱり!」
「でもヒロさんって人のことよく見てくれてるんです。それで気に掛けてくれて。あと、意外に寂しがりやなところもあったりして」
「へえー……」
ヒロさんの人付き合いはあまり器用な方ではない気がする。根が素直な人なのだ。
でも俺が落ち込んでる時に励ましてくれるのはいつもヒロさんで、ヒロさんの言葉一つ一つは口先だけのものではない分、重いけど優しい。
「学校で恐がられてるのは学生になめられないようにって言ってましたよ。バラしちゃいけないかもしれないけど……」
「いやあー、それでも講義中に怒鳴られるとビビりますよ」
「あはは、ヒロさんはいつも文学に対して真面目だから」
「なんか……草間さんて大物ですね……」
感心したようにそう言われた。あんまり意識したことはなかったけど、ヒロさんの内面について早いうちから知ることができた俺はかなり幸運な方なのかもしれない。
俺は高橋くんから受け取った写真を取り出した。写真の中の真剣なヒロさんは、本当に今もこの通りだと思う。
「ヒロさんはたぶん、今もこの写真のままですよ」
高橋くんはまじまじと写真を見つめる。
俺はヒロさんのこの一生懸命な表情が大好きだ。
ちょっと立ち止まって俺の方を向いてほしいなんて甘えた言葉は吹き飛んでしまう。
そういえば、と高橋くんはこんなことを言い出した。
「あの、変なこと言ってすみません。ウサギさんが上條先生のこと『ただならぬ仲』って言ってて……。何か知りませんか」
「ただならぬ仲……?」
それは聞き捨てならない言葉だ。
ヒロさんが宇佐見さんのことを好きだったのは知っているけど、二人が結局どんな関係だったのかは闇の中だ。一時期付き合っていて、でも宇佐見さんには他に好きな人がいて別れた、みたいな感じだろうかと想像しているのだけど、どうも宇佐見さんはヒロさんの気持ちに気付いていなかったような節がある。
無論そんなことをヒロさんに聞けないし、無理に聞いたとしてもお互い傷つくだけだだろう。
「……昔、ヒロさんと何かあったんでしょうかね」
こんなこと高橋くんに言うべきではないと思いつつ、ため息のような言葉がこぼれてしまう。
「うーん、昔っていうか今って感じっぽかったですけど」
「え?今?」
「いや俺もちゃんと聞けてないんですけど、何か重要なものを提供してもらってるとかなんとか……」
「ヒロさんが宇佐見さんに重要なものを提供?」
確かに今も時々会っているみたいだけど、何かヒロさんでなければ手に入らないものでもあるのだろうか。
俺が首を傾げていると、高橋くんはがっかりした顔になった。
「……やっぱり自力で聞き出せってこと……?あのエロウサギめ……」
「え?何か?」
「いや何でもないです!こっちの話で!ははは……」
俺もすごく気になる情報だったので、もしわかったら教えてくださいと言うと、頑張れるかわからないけど頑張ります、と力なく言われた。
夕日が傾き始めたので、高橋くんとは公園で別れた。
意外な展開の一日だったけど、ずいぶん有意義だったと思う。宇佐見さんに大切な人がいる、という事実は俺を安心させ、励ましてくれた。
ヒロさんを好きになってから自分はすごく嫉妬深い人間になったような気がしていたけど、こうやって一呼吸おいて周囲を見渡すとみんな誰か大切な人がいて、笑ったり泣いたり怒ったりして。ああ、自分はヒロさんが好きだという気持ちを大事にして生きていけばいいんだな、と思うことができる。
自分が選んだ道が正しかったのか自信がなくなることがあっても、ヒロさんを好きでいられる自分でいる限り、間違っていなかったと思える。
家に帰り、高橋くんから預かった写真を眺めていると、急激な眠気に襲われた。
(急患続きで忙しかったからな…)
シャワーを浴びてからベッドで一眠りしようと思ったけれど、睡魔には勝てず、俺はそのままソファーで眠りこけてしまった。
「……野分、おい野分」
「う……ん」
「ったく寝るならベッド行けっつーの」
夢から醒めかけのぼやっとした脳に、ヒロさんの声が届いた。ぶつぶつという声が聞こえたあと、ふわっとタオルケットがかけられた。
ヒロさんのこういうところが優しいなあと思いながらまたうとうとしていると、手から何か引き抜かれる感覚があり、俺は飛び起きた。
「あ!写真!」
「うわっ!びっくりさせんな!」
完璧に寝ていると思っていた俺がいきなり起き上がったので、ヒロさんは心臓を押さえて驚いた顔をしていた。
「えーと、すみません。ありがとうございます」
お礼を言いながらきょろきょろすると、ヒロさんの手に例の写真が握られていた。
俺の視線に気付くと、ヒロさんは眉間に皺を寄せた。
「お前、これどこから持ってきたんだ?」
「それは話せば長くなりまして……」
「短めに話せ」
そこで、今日の夕方の出来事を簡単に説明した。
宇佐見さんの同居人の男の子に会ったこと、アルバムの中の写真を返されたこと。あと(ヒロさんはそんなことしないと思うけど)大学で彼が怒られるのは可哀相なので、すごく謝っていたと伝えた。
「秋彦の同居人に会ったあ……?」
しばらくヒロさんは呆然としていたけど、すぐにどんな子だったかを聞いた。
「礼儀正しくて面白い子でしたよ」
語彙力がないのでうまい表現が見当たらないが、すごくいい子だと思う。まあ、ヒロさんのことを過剰に恐れている気はしたけれど。
俺の話を聞いていたヒロさんだけど、聞き終わるとこんなことを言った。
「ま、いいか。どんな奴でも」
「ヒロさん?」
ヒロさんなりに色々思うところがあるだろうと思ったけど、予想外にヒロさんはさっぱりした顔をしていた。たぶん強がりなんかじゃなくて、本当に気にしていない顔だ。
「秋彦が選んだんだろ。俺がとやかく言うことは何もねーよ」
「それは……そうですけど」
「……いや、選んだっていうとちょっと違うかもな」
ちょっとだけしんみりとした表情でヒロさんは言った。
「あいつ、外面はいいけど中身が子供みたいにわがままで、すぐ自分の殻にこもるんだよ。秋彦が誰かと打ち解けてるところなんて、ほとんど見たことない」
これは高橋くんも言っていた。見かけによらず子供っぽいところがある、と。だからヒロさんは心配していたという。どこまでも優しい人だ。
「でもさ、誰か一人いればいいんだよな。心開いていっしょに飯食える相手がいれば。そういう相手が見つかったんなら、本当によかった」
たぶんヒロさんはその『誰か』になりたかったんじゃないかと思う。でも、それは叶わなかった。
誰かの特別になりたいという気持ちは、今なら痛いほどよくわかる。俺もずっとヒロさんの特別な一人になりたくて、無我夢中で走ってきた。今でこそどうやってヒロさんは俺の隣にいてくれるけど、もしヒロさんが俺の方なんか向いてくれなかったら、今頃俺はどうなっていただろう。
もしこうだったら、という想像はあんまり意味がないかもしれないけど、人生の分岐を振り返ってみるとそれはあまりにも重たい。
「野分……?」
何だか胸が締め付けられるような気分になって、隣に座っていたヒロさんを抱き締めた。ヒロさんは少し困ったような顔をして、俺の背中を撫でてくれる。
「野分、今何考えてる」
「……ヒロさんのことです」
それと、宇佐見さんのことも、という言葉は飲み込んだ。今現在の状況を喜ぶべきなのに、過去のことを考えてぐるぐるしている俺は馬鹿だと思う。
昔、勢いで宇佐見さんに『ヒロさんは俺がもらいます』と言ってしまったことがあるけれど、宇佐見さんはあれをどういう意味だと受け取っただろう。ヒロさんにとって宇佐見さんが大事な親友であるのと同じように、たぶんヒロさんも宇佐見さんにとって大事な存在だったと思う。それを横から掠め取るような俺のことをどう思っているのだろうか。
「秋彦は大事な友人だ。でも、友情ってけっこう難しいんだよ」
「ヒロさん?」
俺の腕の中で、ヒロさんは唐突に語り出した。
「ちょっとしたことで、すぐ諦めそうになるんだ」
「それは……」
「でも、お前がいたから」
え、と聞き返す間もなく、ヒロさんはぎゅっと俺に抱き着いてきた。抱き合う姿勢のまま、ヒロさんは言葉を続ける。
「お前がいなかったらさ、俺は秋彦も失うところだったと思う。今は時々あってバカみてーな話して酒飲んでるけど、たぶんお前がいなかったら無理だった」
そこでやっとヒロさんは俺から身体を離して、真剣な顔をした。
「ムシのいい話って思われるかもしれないけど、お前は俺の大事なモン全部拾ってくれた。俺はそう思ってるから」
そのまま数秒間見つめ合ったあと、沸騰する音が聞こえそうな速さでヒロさんの顔が赤くなった。その時の俺の表情には、もうどこにも暗さはなかっただろう。
勢いをつけてヒロさんを抱き締めて、ソファーに押し倒した。
「ヒロさん、ありがとうございます」
「別に……お礼言われるようなことはしてない」
ぶっきらぼうなヒロさんの返事が今は愛おしくてしょうがない。ヒロさんの一言が、どんなに俺を救ってきたことか。こういうところはヒロさんに敵わないと思うし、でも素直にヒロさんに甘えたいとも思う。
ヒロさんの顔を見つめると、真っ赤なままにらんできたけれど、おとなしく目を瞑ってくれたのでゆっくりとキスをした。ヒロさんとのキスはどんな栄養剤よりも有能で、さっきまで疲れて寝こけていたことなんて忘れてしまうくらいだ。
「ヒロさん、俺ヒロさんのことを好きになって本当によかったです」
「………うん」
ヒロさんはすごく小さな声で、俺も、と言ってくれた。
人を好きになることで初めてわかったことがたくさんある。苦しいことも多いかもしれないけど、やっぱり好きになってよかった、という気持ちは何物にも代えがたい。嫉妬したり、落ち込んだり、そんなネガティブなことを全部吹っ飛ばしてしまうくらい、人を好きになることにはパワーが潜んでいるのだと思う。
もつれあいながらヒロさんの服を脱がせようとして、そこで俺はヒロさんの手にまだ写真が握られていることに気付いた。うっかり床に落としてしまうといけないので、ヒロさんの手から受け取ってテーブルの上に、念のため裏返して置いてみた。
「何それ……」
「小さいヒロさんには目に毒かなって思っ」
言い終わらないうちにヒロさんに無言で殴られた。
心の中で小さいヒロさんに、こんなことになってごめんね、と形ばかり謝ってヒロさんの服をはぎ取った。腹部に素手を滑り込ませれば、ヒロさんの目にはもう俺しか映らなくなる。勿論、俺だってもう目の前のヒロさんしか見えていない。
「好きです……、ヒロさん」
「野分……っ」
喘ぐヒロさんに全体重をかけて愛しさを伝える。それに応えてくれるヒロさんの声が艶めかしくリビングに響く。
昔はヒロさんさえいればそれでいいと思っていた。だけど最近めっきり贅沢になった俺は、こんな風に考える。ヒロさんだけじゃなくって、ヒロさんの大切にしているもの全部を俺の手で守りたい。さっきのヒロさんの言葉は、俺の願望を見透かされているようで胸に響いた。
ソファーの上で抱き合った俺たちは、一度だけ長い長いキスをして、手を繋いで寝室に向かった。
リビングのテーブルに置いたままのヒロさんの写真は明日迎えに行こう。そしてアルバムの空白部分に貼って、それを持って今度は二人で草間園に行くのだ。そんな計画を考えながらまどろんでいると、ヒロさんが俺の耳元で囁いた。
「今度、ちゃんとお前の写真も見せろよな。……早くしねーと、俺がお前の実家まで取りに行くからな」
以心伝心、なんて少し自惚れが過ぎるだろうか。嬉しかったので、はい、と元気よく答えたつもりだったけど、眠気に負けてむにゃむにゃとした寝言のような返事になってしまった。
翌朝俺が目を覚ますと、ヒロさんはもう先に起きていてコーヒーをいれてくれた。いつもは新聞を読んでいるヒロさんだけど、今朝はコーヒーをすすりながら例のアルバムを見ている。
俺も向かいに座り、ヒロさんの顔を眺める。ふとその時、昨日別れ際に高橋くんが言っていた言葉を思い出した。
「そういえばヒロさん、一つ聞いてもいいですか」
「なに」
「宇佐見さんはヒロさんのこと『ただならぬ仲』って言ってたみたいですけど、それってどういう意味なんでしょう」
俺がそう言った瞬間、勢いよくヒロさんはコーヒーを吹き出した。
「はあ?秋彦が??いや、意味わかんねーし……」
「宇佐見さんはヒロさんに何か重要なものを提供してもらってる、とその同居人の彼は聞いたそうなんですが」
「………!!」
どうやら心当たりはあるらしい。
「重要なものって、俺には教えられないようなものなんですか?」
「それは……なんというか……」
冷や汗をかきながら、ヒロさんは必至で言い逃れようとしている。別に宇佐見さんとの仲を疑うようなことはないけれど、これはこれですごく気になることができてしまった。
「俺、ヒロさんのことなら何でも知りたいです」
「黙れ!そもそも全部お前のせいだろ!」
「え?俺のせい?」
俺のせいでヒロさんが宇佐見さんに何かを提供するはめになっているとは一体どういうことだろうか。もはや俺の理解の範疇を越えている。
かくなるうえは宇佐見さんに直接尋ねるほかないかもしれない。
「野分……今絶対おかしなこと考えただろ……」
「いえ、ちょっと思いついたことが」
「大したことじゃねーから忘れてくれ……、というか忘れろ!!!」
やっぱりヒロさんのことはどれだけ知っても足りないな、と思いながら、俺はヒロさんの怒鳴り声がリビングにこだまする幸せを噛み締めたのだった。
END
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