絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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朝比奈が両腕いっぱいに大きな花束を抱えてやってきたので、思わずドキっとしてしまった。
「……どうしたんだ、それ」
「母の日ですので」
確かにその花束をよく見ると赤とピンクのカーネーションであり、俺は今日が何の日であるかをようやく思い出したのだった。
朝比奈が花束を持っている、というシチュエーションだけで自分へのプレゼントではないかという勘違いをした自分が恥ずかしく、できるだけ悟られぬようにして早足で電車へと乗り込んだ。
朝比奈が井坂の家を出てからもう十年が経つ。
それでも朝比奈は俺の家を実家のように思っており、毎年必ず母の日と父の日には贈り物をしているらしい。
自分の両親と、俺の両親と、両方ともだ。
俺はそういうことにはとんと無頓着な性格であるし、朝比奈もそのことを十分承知しているようで、花を贈るときには毎年俺と連名にしておいてくれているようだ。
直接このことを朝比奈から聞いたわけではなく、母親からお礼を言われて初めて知った。
同居している親への贈り物が自分名義で届いていることを知らないというのも間抜けな話だが、まあ喜んでくれているのに水を差すこともないだろう。
そんな朝比奈が、久しぶりに井坂家へ顔を出したいと俺に申し出てきたのだった。
「あらまあ、あらまあ」
朝比奈を連れて帰るということは知らせておいたのだが、花束を抱えて帰った俺たちを見て、おふくろは黄色い声を上げた。
「薫くん、毎年ありがとう。龍一郎はこういうことには気の利かない子だから」
「……知ってたのかよ」
「自分の息子のことだもの」
あっさりとそう言い返されてしまった。
すべて朝比奈にまかせっきりにしていたことなど、とうにお見通しだったというわけだ。
朝比奈はそんな俺たちの言い合いを眺めながら、少しだけ笑っていた。
そして二つ持ってた花束のうち一つを俺に持たせると、おふくろに渡すよう促した。
「別にお前が渡せばいいだろ」
「せっかくですから」
こんなことをするのは小学生以来のような気がして気恥ずかしかったが、朝比奈が自分の母親に渡しているところを見て、仕方ないと俺も同じようにした。
母親には、薫くんの教育の賜物ね、と笑われた。
どいつもこいつも俺のことをなんだと思っているのだと呆れたが、これも自分で望んだ姿なのだから今更文句も言えない。
何となく歯噛みしていると、朝比奈は今度は俺のおふくろの方を向いて深々と頭を下げた。
「奥様、いつもありがとうございます。私は奥様のことをもう一人の母親のように思っています」
「あら、そういうことはお嫁さんのお母さんに言ってあげるものよ」
くすくすと笑っているものの、おふくろもまんざらではなさそうだ。
そして意味深に俺の方を見る。
「龍一郎のこと、女の子に生んであげればよかったかしらね?」
「どーいう意味だよ」
「薫くんは本当にいい子ねって意味よ」
うまくはぐらかされたが、俺は内心落ち着かない気分だった。
おふくろの言いたい意味はよくわかる。
朝比奈もそうだろうか、とこっそり表情を伺ったが、いつもと何ら変化のない顔をしていた。
直接ではないにしろ、結婚、という言葉をほのめかされるとやはりどうしてもいい気分はしない。
親父もおふくろもこれだけ朝比奈のことを可愛がっているのだから、早く家庭を持ってもらいたいに決まっている。
逆に、俺に関してはあまりうるさくは言われない。
言われたところで自分勝手に生きるだろうと諦めているはずだ。
親の勧めで簡単に結婚を決めるような男ではないことをたぶん親が一番よく知っている。
俺が好きなように生きる分には親は何も言わないだろう。
だけど朝比奈の人生を俺が決めていいとまでは言ってくれないのではないだろうか。
朝比奈は俺の所有物だ。
口先だけじゃない。
朝比奈もそういう覚悟で生きている。
だけど、
(それを世間に認めさせるのはまた別問題ってか)
二人だけの問題として完結させてはくれないんだよなあ、と俺は時々一人で煩悶するのだった。
「せっかく母の日ですので、何かしてほしいことはありませんか?」
花瓶に手早くカーネーションの束をいけるおふくろに向かって朝比奈が言った。
「どうぞ、私と龍一郎様に何でもお申し付けください」
「おい、俺も巻き込むのかよ!!」
俺の反論など聞きません、と言わんばかりの表情だ。
おふくろは少し考えたあと、俺たちに向かってこう言った。
「それじゃあ、お庭の水まきをお願いしようかしら」
よろこんで、と答えた朝比奈に引きずられるようにして、俺たちは庭に向かったのだった。
「あっちぃーーーー!!!」
「麦わら帽子でも被りますか」
「うるせえ人を勝手に巻き込みやがって」
五月の昼下がりは夏のように日差しがきつく、庭に出て五分も経っていないのに俺はすでに音を上げていた。
朝比奈はホースを片手に涼しい顔で水をまいている。
ふと風が俺たちの間を通り抜け、くん、と草花の懐かしい香りがした。
「……昔ここでよく遊んだよな」
「ええ、そうでしたね」
井坂家の広い庭は子供だった俺たちにとって格好の遊び場だった。
追いかけっこをして、かくれんぼをして、探検と称して隣の宇佐見家の庭まで侵入して。
そんなことを思い出していると、朝比奈も同じことを考えていたのか小さく吹き出した。
「龍一郎様は多才な方だと存じていますが……」
「?」
「何よりもかくれんぼの才能に長けていたと思います」
「なんじゃそりゃ」
「……二十年間ずっと側にいた私しか知らないことですね」
「……うん」
そのまましばし言葉が絶え、ざあっと大きな風が花々を揺らした。
ふと家の方を振り返り、俺はあることを思い出した。
やや周囲より背の高い木々が集まっている場所があり、俺は朝比奈を呼んだ。
「朝比奈、ここ」
「何でしょうか」
俺はその場にしゃがんで見せた。
「ここ、かくれんぼの必勝ポイントだったんだ。こうやってしゃがむと家の方からは絶対に見えない」
子供の頃、そうやって日が暮れるまで朝比奈から隠れていてこっぴどく怒られたことがある。
昔は小さかったので少しかがむだけですっかり隠れてしまうことができた。
俺に言われて、朝比奈も隣に座りこむ。
「なるほど。ここにこうやっていればお屋敷の方からは見えないんですか」
「信じないのかよ」
「いえ」
信じます、と言って朝比奈は顔を近づけて唇を重ねてきた。
その瞬間偶然にも風が止み、時間が止まったような錯覚に陥った。
はっと我に返り、慌てて朝比奈の上体を押し戻す。
「お前何して……」
「ここなら誰にも見えないのでしょう?」
「確かにそう言ったけどな…」
まさか朝比奈がこの家でそんな行為に及んでくるとは思わず、少し動揺してしまった。
「龍一郎様が心配するようなことはありませんよ」
唐突に朝比奈がぽつりと言った。
「奥様や旦那様が私にお見合い話などを持ってきたりしないか気になさっているのではないですか」
「それは……」
図星をつかれて俺は口ごもる。
両親の気持ちもわかるし、いざそういう事態になったら俺はどうするべきなのかまだ決めかねているところもある。
もちろん朝比奈を手放す気はさらさらないが、自分がとるべき手段について未だに現実感がないのが実情だ。
「奥様に以前言われました。私のことにあまり口を出すなと旦那様に言われている、と」
「えっ?」
「私が旦那様と奥様に恩義を感じていることを笠に着てはいけないと言われたそうです」
だから親父やおふくろは、気を揉んではいるけれど朝比奈に見合い話を持ってくるようなことはしないということらしい。
朝比奈は敵わない、というように首を振った。
「本当に、どこまで素晴らしい方なのでしょうね」
確かに、俺たちはいつまで経っても親父たちの掌の中にいるらしい。
結局はそういうことなのかもしれない。
だけど、と俺は思う。
例え今はそうだとしても、俺たちの関係を親の寛大さに甘んじた恋愛ごっこで終わらせるわけにはいかない。
いつか会社を乗っ取るのと同じように、朝比奈のことも、いつかは。
「行こう、おふくろが紅茶いれて待ってる」
「そうですね」
立ち上がった朝比奈に差し出された手を迷わず握る。
ちょっとだけ朝比奈が嬉しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
そして、いつの間にかできていた虹に背中を押されるようにして俺たちは庭をあとにした。
END
「……どうしたんだ、それ」
「母の日ですので」
確かにその花束をよく見ると赤とピンクのカーネーションであり、俺は今日が何の日であるかをようやく思い出したのだった。
朝比奈が花束を持っている、というシチュエーションだけで自分へのプレゼントではないかという勘違いをした自分が恥ずかしく、できるだけ悟られぬようにして早足で電車へと乗り込んだ。
朝比奈が井坂の家を出てからもう十年が経つ。
それでも朝比奈は俺の家を実家のように思っており、毎年必ず母の日と父の日には贈り物をしているらしい。
自分の両親と、俺の両親と、両方ともだ。
俺はそういうことにはとんと無頓着な性格であるし、朝比奈もそのことを十分承知しているようで、花を贈るときには毎年俺と連名にしておいてくれているようだ。
直接このことを朝比奈から聞いたわけではなく、母親からお礼を言われて初めて知った。
同居している親への贈り物が自分名義で届いていることを知らないというのも間抜けな話だが、まあ喜んでくれているのに水を差すこともないだろう。
そんな朝比奈が、久しぶりに井坂家へ顔を出したいと俺に申し出てきたのだった。
「あらまあ、あらまあ」
朝比奈を連れて帰るということは知らせておいたのだが、花束を抱えて帰った俺たちを見て、おふくろは黄色い声を上げた。
「薫くん、毎年ありがとう。龍一郎はこういうことには気の利かない子だから」
「……知ってたのかよ」
「自分の息子のことだもの」
あっさりとそう言い返されてしまった。
すべて朝比奈にまかせっきりにしていたことなど、とうにお見通しだったというわけだ。
朝比奈はそんな俺たちの言い合いを眺めながら、少しだけ笑っていた。
そして二つ持ってた花束のうち一つを俺に持たせると、おふくろに渡すよう促した。
「別にお前が渡せばいいだろ」
「せっかくですから」
こんなことをするのは小学生以来のような気がして気恥ずかしかったが、朝比奈が自分の母親に渡しているところを見て、仕方ないと俺も同じようにした。
母親には、薫くんの教育の賜物ね、と笑われた。
どいつもこいつも俺のことをなんだと思っているのだと呆れたが、これも自分で望んだ姿なのだから今更文句も言えない。
何となく歯噛みしていると、朝比奈は今度は俺のおふくろの方を向いて深々と頭を下げた。
「奥様、いつもありがとうございます。私は奥様のことをもう一人の母親のように思っています」
「あら、そういうことはお嫁さんのお母さんに言ってあげるものよ」
くすくすと笑っているものの、おふくろもまんざらではなさそうだ。
そして意味深に俺の方を見る。
「龍一郎のこと、女の子に生んであげればよかったかしらね?」
「どーいう意味だよ」
「薫くんは本当にいい子ねって意味よ」
うまくはぐらかされたが、俺は内心落ち着かない気分だった。
おふくろの言いたい意味はよくわかる。
朝比奈もそうだろうか、とこっそり表情を伺ったが、いつもと何ら変化のない顔をしていた。
直接ではないにしろ、結婚、という言葉をほのめかされるとやはりどうしてもいい気分はしない。
親父もおふくろもこれだけ朝比奈のことを可愛がっているのだから、早く家庭を持ってもらいたいに決まっている。
逆に、俺に関してはあまりうるさくは言われない。
言われたところで自分勝手に生きるだろうと諦めているはずだ。
親の勧めで簡単に結婚を決めるような男ではないことをたぶん親が一番よく知っている。
俺が好きなように生きる分には親は何も言わないだろう。
だけど朝比奈の人生を俺が決めていいとまでは言ってくれないのではないだろうか。
朝比奈は俺の所有物だ。
口先だけじゃない。
朝比奈もそういう覚悟で生きている。
だけど、
(それを世間に認めさせるのはまた別問題ってか)
二人だけの問題として完結させてはくれないんだよなあ、と俺は時々一人で煩悶するのだった。
「せっかく母の日ですので、何かしてほしいことはありませんか?」
花瓶に手早くカーネーションの束をいけるおふくろに向かって朝比奈が言った。
「どうぞ、私と龍一郎様に何でもお申し付けください」
「おい、俺も巻き込むのかよ!!」
俺の反論など聞きません、と言わんばかりの表情だ。
おふくろは少し考えたあと、俺たちに向かってこう言った。
「それじゃあ、お庭の水まきをお願いしようかしら」
よろこんで、と答えた朝比奈に引きずられるようにして、俺たちは庭に向かったのだった。
「あっちぃーーーー!!!」
「麦わら帽子でも被りますか」
「うるせえ人を勝手に巻き込みやがって」
五月の昼下がりは夏のように日差しがきつく、庭に出て五分も経っていないのに俺はすでに音を上げていた。
朝比奈はホースを片手に涼しい顔で水をまいている。
ふと風が俺たちの間を通り抜け、くん、と草花の懐かしい香りがした。
「……昔ここでよく遊んだよな」
「ええ、そうでしたね」
井坂家の広い庭は子供だった俺たちにとって格好の遊び場だった。
追いかけっこをして、かくれんぼをして、探検と称して隣の宇佐見家の庭まで侵入して。
そんなことを思い出していると、朝比奈も同じことを考えていたのか小さく吹き出した。
「龍一郎様は多才な方だと存じていますが……」
「?」
「何よりもかくれんぼの才能に長けていたと思います」
「なんじゃそりゃ」
「……二十年間ずっと側にいた私しか知らないことですね」
「……うん」
そのまましばし言葉が絶え、ざあっと大きな風が花々を揺らした。
ふと家の方を振り返り、俺はあることを思い出した。
やや周囲より背の高い木々が集まっている場所があり、俺は朝比奈を呼んだ。
「朝比奈、ここ」
「何でしょうか」
俺はその場にしゃがんで見せた。
「ここ、かくれんぼの必勝ポイントだったんだ。こうやってしゃがむと家の方からは絶対に見えない」
子供の頃、そうやって日が暮れるまで朝比奈から隠れていてこっぴどく怒られたことがある。
昔は小さかったので少しかがむだけですっかり隠れてしまうことができた。
俺に言われて、朝比奈も隣に座りこむ。
「なるほど。ここにこうやっていればお屋敷の方からは見えないんですか」
「信じないのかよ」
「いえ」
信じます、と言って朝比奈は顔を近づけて唇を重ねてきた。
その瞬間偶然にも風が止み、時間が止まったような錯覚に陥った。
はっと我に返り、慌てて朝比奈の上体を押し戻す。
「お前何して……」
「ここなら誰にも見えないのでしょう?」
「確かにそう言ったけどな…」
まさか朝比奈がこの家でそんな行為に及んでくるとは思わず、少し動揺してしまった。
「龍一郎様が心配するようなことはありませんよ」
唐突に朝比奈がぽつりと言った。
「奥様や旦那様が私にお見合い話などを持ってきたりしないか気になさっているのではないですか」
「それは……」
図星をつかれて俺は口ごもる。
両親の気持ちもわかるし、いざそういう事態になったら俺はどうするべきなのかまだ決めかねているところもある。
もちろん朝比奈を手放す気はさらさらないが、自分がとるべき手段について未だに現実感がないのが実情だ。
「奥様に以前言われました。私のことにあまり口を出すなと旦那様に言われている、と」
「えっ?」
「私が旦那様と奥様に恩義を感じていることを笠に着てはいけないと言われたそうです」
だから親父やおふくろは、気を揉んではいるけれど朝比奈に見合い話を持ってくるようなことはしないということらしい。
朝比奈は敵わない、というように首を振った。
「本当に、どこまで素晴らしい方なのでしょうね」
確かに、俺たちはいつまで経っても親父たちの掌の中にいるらしい。
結局はそういうことなのかもしれない。
だけど、と俺は思う。
例え今はそうだとしても、俺たちの関係を親の寛大さに甘んじた恋愛ごっこで終わらせるわけにはいかない。
いつか会社を乗っ取るのと同じように、朝比奈のことも、いつかは。
「行こう、おふくろが紅茶いれて待ってる」
「そうですね」
立ち上がった朝比奈に差し出された手を迷わず握る。
ちょっとだけ朝比奈が嬉しそうな顔をしたのを俺は見逃さなかった。
そして、いつの間にかできていた虹に背中を押されるようにして俺たちは庭をあとにした。
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