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絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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10巻のエピソードを受けての今年のバレンタイン。
別にバレンタインとかじゃなくてもヒロさん可愛いという感じの話です。

「続きを読む」からどうぞ。

拍手[5回]


+ + + + + + + + + +
ヒロさんの顔を見ているだけで幸せだ。

これは俺にとってあまりに自明な定理で、この言葉を元に色々な証明を展開していけるくらいの真理だと思っている。
見ているだけ、という定義が曖昧だと言われれば、俺はこう答えるだろう。
見つめあっているだけで、隣に座ってじっと観察しているだけで、
もっと言えば横目で少し盗み見るだけで十分に幸せなのだ。

『ヒロさんを見ている』ならば『俺は幸せだ』。
この命題は真だ。
『俺が幸せ』ならば『ヒロさんを見ている』。
……こっちは必ずしも当てはまらない。
直接ヒロさんを見ていなくても、声を聞いていたり、ヒロさんが俺のことを考えていてくれればそれだけで幸せだからだ。
なのでヒロさんを見ていることは俺が幸せである十分条件になるわけだけど、ものすごく重要な条件だ。
付け足せば、対偶の『俺が幸せでない』ならば『ヒロさんを見ていない』、という命題ももちろん真である。

とにかくヒロさんの顔が見られれば、疲れだって何だって吹き飛んでしまう。




朝から頭の中で何故こんな証明ごっこをしているのかというと、今朝のヒロさんがそれはそれは可愛くて、
飛び付きたい衝動を一生懸命に押さえるためにつまらない一人問答をやっている、というわけだ。

片手にコーヒーを持ち、もう片一方で新聞を持っている。
眉間に皺を寄せてコーヒーをすすりながら、難しい顔で新聞に目を通している、
……というヒロさんのポーズだ。
ヒロさんをよく観察すれば、実際に視線が新聞ではなくどこに向かっているかはすぐにわかる。
視線は新聞の上端を通り抜け、ヒロさんは朝のテレビ番組を睨みつけていた。
テレビの内容はこの季節なら頻繁に目にする行事、バレンタインの特集だった。
ヒロさんは新聞の経済面を見るふりをしながら、しっかりとテレビの画面をうかがっている。
眉間に皺が寄っているのは、また色々とこの行事について思いを巡らせているんだろう。
テレビのバレンタイン特集を見て難しい顔をする、というヒロさんの思考回路に思い当たることがあり過ぎて、つい苦笑してしまう。
去年のバレンタイン前にも俺はテレビをダシにして、ヒロさんにチョコレートくださいくださいとおねだりしてみたのだ。
自分ではけっこうダメ元のつもりだったけれど、ヒロさんはちゃんと俺にチョコをくれたのだった。
だから今年は何も言わなくてもヒロさんからくれるかなとか、やっぱりちゃんと欲しいですと言った方がいいだろうかとか、
来たるべき14日に向けてあれこれ考えていたところだった。
当然ヒロさんの方から何か言ってくる気配はない。
だけど今の様子を見れば、バレンタインなど気にしていないふりをしているだけで、内心今年は俺がどう出るか悶々しているんじゃないかと思う。

なーんてヒロさんの顔をうかがいながらその頭の中を考えているだけで、俺の心はどんどんピンク色に染まっていく。
幸せのピンク色だ。

「ヒロさん。」
「!!!……な、なんだ?」
少し声をかけただけなのに、こんなに動揺されるなんて。
そして驚いた表情から一瞬で警戒の顔になる。
もう冷めただろうコーヒーを懸命に冷ましながら、テレビのチャンネルを素早くニュース番組に切り替えた。
だけどその目は泳いだまま、俺の次の言葉にびくびくしながら構えている。

「心配しなくても、今年はくださいなんて言いません。」
俺はそう言って笑ってみせる。
「な……っ、べ別にチョコとかバレンタインとか考えてねーし……っ。」

ドンとコーヒーカップをテーブルに叩きつけるように置いて、すごい剣幕で反論された。
俺は一言もチョコだなんて言っていないのに。
でもそれを言ってしまうとおそらく真っ赤な可愛いヒロさんを見られるギリギリの限界をこえてしまうので、ぐっと耐えて自然に言葉を続けた。

「もちろんヒロさんからチョコをもらえたら嬉しいです。だけど今年はそんなわがまま言わないです。」
「や……、別にわがままとか思って……。つーか、要らねーってことかよ。」
「要らないなんて思いません。欲しいって言わないだけです。」
「…………。」

あ、黙っちゃった。
またヒロさんの気に障ることを言ってしまっただろうか。
弁解になるけれど、俺は嘘は言っていない。
そりゃあヒロさんがチョコをくれたら死ぬほど嬉しいけど、
毎年毎年おねだりを続けなくたって、去年ヒロさんがチョコをくれたという事実があれば俺は一生幸せだ。
バレンタインの季節が巡ってくるたびに、ヒロさんのくれたチョコレートのことを思い出して心は満たされるだろう。

結局ヒロさんはその後口数が減ってしまい、朝食の片付けを済ませるといってきます、とだけ言って出掛けてしまった。
目を伏せた表情からは何も読み取れない。

ドアが閉まる音を一人で聞き、俺は初めてそこで墓穴を掘ったことに気付いた。


(ああ、また怒らせてしまった。)
ヒロさんに遅れてバイト先へ向かいながら、自分の学習能力の低さにマイルドに呆れた。
ヒロさんは俺が何も言わないことをすごくいやがる。
いつもは黙れとかうるさいとか喚かれるけれど、俺が真剣に考えていることはちゃんと知りたいと思っていてくれる。
それは本当に好きなところの一つだけど、バカな俺はついつい大事なことを言い逃してしまう。
さっきのやりとりだって思い返してみれば、一方的に俺がヒロさんを困らせている。
俺はただヒロさんがチョコをくれてもくれなくてもヒロさんが大好きだというようなことを考えていたけれど、まるでさっきの言い方は。

『ヒロさんがあげたいなら喜んでもらいますけど、俺から欲しいとは言いませんからね?』

……こんな感じに受け取られたのではないだろうか。
自分の言葉が足りないせいで、ヒロさんを試すような言い方になってしまった。

押してダメなら引いてみろ。
使い古された言葉だけれど、ヒロさんに関して言えば俺はとにかく押すだけだ。
とにかく押して押して攻めて攻めていかないと、この手の中からヒロさんはすぐにいなくなってしまうような気がして引くなんてことできなかった。
ヒロさんに俺を好きになってほしい。
そのために俺ができることは、一秒の間もあけずいつ何時でも俺はヒロさんのことを好きでいると信じてもらわなければいけないと思った。
何があってもヒロさんが大好きなことに変わりはないという安心感を与えてあげたかった。
たぶん、ヒロさんが俺を好きでいてくれるのは、その前提の上に成り立っているのだろうから。

だから俺はヒロさんに不安を感じさせることをしてはいけないのに。

時々ヒロさんに対する余裕がほしくなって、ちょっと気を遣おうとするとすぐダメだ。
俺の下手な気遣いのせいで、ヒロさんは俺が離れていくんじゃないかと心配したり、先輩と浮気しているんじゃないかと気を揉んだり、逆に不安ばかり与えている気がする。
だけどこんなに俺が不安にさせておいても、ヒロさんは俺を好きでいてくれた。

こうしていつまでも俺はヒロさんに甘えっぱなしだ。






「少し、話したいことがあるんだけど。」

次の日の夜、ヒロさんは真剣味を帯びた声色で俺に声をかけた。
ヒロさんの顔に落ちる翳りに、胸がぎゅっと痛んだ。
俺はヒロさんにこんな顔をさせてはいけないのに。
ヒロさんは座ろうとしないので、俺も立ち上がり向かい合うようにした。
「お前さ、『チョコくださいとは言いません』って言ってただろ。」
「すみません、それは……。」
誤解なんです、と言おうとしたけれど、ヒロさんの訥々とした言葉に遮られた。
「去年はあんなにうるさく言ってきたくせに今年は何だ?とかスゲー色々考えて……。いや、まあ大量に病院でもらってくるんだから俺からのチョコとかあってもなくても同じなんだろうけど。」
「そんな、ヒロさんのが一番、」
「それで、お前の言った言葉を真剣に考えたんだが。」


「お前ばっかりに欲しいって言わせてズルイ、ってことか?」

「………………え?」


思わず間抜けな返事をしたものの、ヒロさんの顔は真面目そのものだ。
ほっぺたから首筋までもう真っ赤になっている。

「いやだから、いい年した男がテレビをダシにしてチョコレートくれませんか、とか毎年言うの恥ずかしいってことだろ。そりゃー俺はお前にくださいください言われなきゃ絶対にチョコなんてやらねーけど、だからって毎回お前に言われたからって形にするのもどうかとは思ってたし……。」
謝ろうと思っていたことすら忘れるくらいにヒロさんの弁論は怒濤過ぎて、どんな展開が待ち受けているのか予想もつかない。
ここでヒロさんはキッと俺を睨みつけた。

「だから今年は俺が言う。……俺も、野分からチョコが欲しい。……ど、どーだ、これで満足かッ!!!」

台詞を全部聞き終わる前に、ヒロさんの腕を引っ張ってかき抱いていた。
この人はどうしていつも俺の喜ぶようなことを言ってくれるんだろう!
俺の言葉の解釈としては全然明後日の方向に飛んでいってしまってるけど、こんな嬉しいことを言ってもらえるとは思わなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ヒロさんを困らせるつもりじゃなかったんです。」
「うるせー、俺がどんだけお前の……。」
サラサラの髪に頬摺りをすれば、ヒロさんが俺のことを考えていてくれた分だけの熱が伝わってきて、心の底からこの人が愛しくなる。
どれだけ全力でこの人を愛しても、一生かなわない予感がする。

「わかりました。バレンタインにはヒロさんが埋もれるくらいのチョコレートと花束を抱えて帰ってくるので楽しみにしててくださいね。」
「それは逆に迷惑だ……。」

ラッピングのリボンの代わりに顎に指をかけて、甘いチョコレートの代わりに唇にかじりつく。
オレンジリキュールより刺激的に差し出された舌を吸えば、可愛らしい吐息が俺の鼓膜を捉えて離さない。

目眩がするくらい可愛い表情をしているだろうヒロさんを大事に腕の中で抱き締めて、もう一度バレンタインの約束をした。
チョコも何もなくったって、この小さな約束一つで俺は簡単に幸せになってしまう。


ヒロさんの存在が俺の幸せ。
これは逆裏対偶、何をどうしたってひっくり返ることはないだろう。






END
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