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絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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バレエ教室が舞台のパラレルです。
ヒロさんがバレエ教師な。

「続きを読む」からどうぞ。

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野分が俺のスタジオにやってきたのは少し蒸し暑い夜だった。



「この時間のクラスってないんですか?」

ここは俺が独立して始めたばかりのバレエスタジオだ。
だからクラスの数も生徒の数少なく、
平日の夕方と休日に小中高生や初心者を教えるくらいだった。
野分がやってきたときはレッスンを全て終えて片付けをして帰ろうかという時間だ。
だから、野分が訪ねてきたときには驚いた。

「えっと、バレエの経験は。」
「12の時から。」
男の、しかも結構な経験者がこんな弱小スタジオを訪ねてくるとは思わなかったのだ。
背も高いし、体格もしっかりしている。
技術の方は見てみないとわからないけれど、十年以上続けてきたのならそれなりの腕前があってもおかしくない。
「どうしてウチを?」
今からプロを目指すならもちろんのこと、本格的に習いたいのなら、
もっと名の通ったバレエ教室に行った方が良いのではないだろうか。
なんて余計なお節介かもしれないけれど、どうしても我が身のことを考えるとついそんなことを思ってしまう。
決して俺のスタジオがいい加減とは思わないが、今は教室を切り盛りしていくのが精一杯で、
本格的なクラスにまで手が回らないというのが現状だった。

「バイトの通り道に見かけたんです。ああ、こんな所にバレエ教室がって。」
「申し訳ないけど今は初心者とキッズクラスしかやってなくて。」

「それでいいです。」

野分はレッスンを受けて体を動かせればそれでいいと言った。
初心者相手のクラスでは物足りなくはないだろうか。
もちろん本人がそれでいいと言うのならいいのだろうけど、
「…じゃあ一応これ予定表。来られる時間に来てくれればいいから。」
ありがとうございます、と野分は予定表をバッグにしまい込むと、そのまま帰っていった。

(よくわからない奴。)
野分の後ろ姿を見送りながら、俺は首を傾げた。
しかしまあ何にしろ生徒が増えるのは喜ばしいことだ。
気持ちを切り替え、スタジオのモップかけを始めた。
窓から見える向かいの通りを野分が歩くのが見える。
その時、野分がこっちを一度だけ振り返った。

あいつと目があったような気がした。

(…いつ来るのか聞いとけばよかったかな。)
だんだん遠ざかる影を見ながらそんなことを思う。


野分がレッスンにやってきたのはそれから三日後だった。





野分は週に二回くらいのペースで通ってきた。

思った通り野分のバレエはかなりのものだった。
最初のバーレッスンをやらせてみればすぐにわかる。
俺のカウントの声に合わせて全ての関節が美しく動いていくのを見ると、不思議な興奮を覚えた。

「あの、先生。次は?」

生徒がおそるおそる俺に声をかけたところではっと我に帰る。
「あっ、ああ悪い。じゃあ次は五番からグラン・プリエな。」
慌てて曲をゆっくりとしたピアノの音に変えると、バーの前についた。

(なんだ…、今の…?)
鏡越しに野分のまっすぐ垂直に沈んでゆく腰を見ながら俺は動揺していた。
確かに野分は上手い。
だからといって、今みたいにレッスン中に見とれるような真似は普通ではない。
普通ではなかったら何だというのだ。
(上手い奴が来て浮かれてるだけかな。)

そう自分を納得させて、生徒の指導に戻った。
「ほら、膝はまっすぐ真横に。」
俺の動揺も知らずに鏡の中の野分は汗一つかかずに気持ち良さそうにストレッチをしていた。


この日のレッスンが終わったあと、野分が俺に声をかけてきた。
めずらしいことだ。
いつもだったらシャワーを浴びて着替えたら挨拶もそこそこに帰ってしまうのが常だった。
実は密かに野分と少しでも話をする時間があれば、今までどこでバレエを習っていたかだとか、
オーディションを受けた経験はあるかだとか、色々聞こうと考えていたのだが、
早々と野分が帰ってしまうたびに少しだけがっかりしていたものだ。

「このあとって、もうクラスはないんですよね?」
「ああ、これでおしまいだけど。」
野分はややためらったあと、俺の目を見て言った。
「もう少しの時間だけ自習させてもらいたいんですが。」

何か重大な頼みごとでもされるかと身構えていた俺は拍子抜けしてしまった。
野分の言いたいことはすごくわかる。
やはり体を動かし足りないのだろう。
事実、一時間半のレッスンが終わっても野分は疲れた様子もなく涼しい顔をしていた。
ちゃんとスタジオ使わせてもらう分お金を払いますからと野分が言うのに、いいよいいよと首を振る。
「もともとこの時間は俺の自習時間みたいなものなんだ。空いたスペースでよけりゃ好きに使っていい。」
「…ありがとうございます!」

この時俺は初めて野分の全開の笑顔をみた。

無愛想な男かと思っていたが、笑うと子犬のようで可愛かった。
黒目が大きくてわりと愛嬌のある目をしていると思う。
「そのかわり閉めるときに掃除とか手伝ってほしいんだけど。」
「はい、もちろんです。」
なんつー嬉しそうな顔。
だけどその実俺は俺で少し浮かれていた。
野分と話してみたいことがすごくたくさんあるような気がする。

そのあと深夜まで黙々と二人で体を動かした。
俺は軽く汗をかくくらいにバーレッスンをしたあと、明日のクラスのためのバリエーションを考えていた。
隣で野分は今日のバリエーションの復習をしている。
(まじめっていうのも長所なのかね。)
よく見ると野分のバレエシューズやタイツは何ヶ所も破れてそこを自分で糸で繕っていた。
もしかしたら繕ってくれる人がいるのかもしれないけど。
一瞬、胸がずきんと痛んだような感覚がした。
「何か?」
胸に手を当てていぶかしがっている俺を野分が見ていた。
「あ、いや、別に。」
なんでもない振りをしてタオルを手に取って汗をぬぐう。
今日の俺はおかしい。
なんだか足元もふわふわしているような気がする。
いや、今日だけじゃないかもしれない。

野分が来てから?

口元にタオルをあてたまま、俺はしゃがみこんだ。
「もう終わりますか。」
座った俺に気付いて野分が声をかけた。
「…そうだな。」
じゃあ俺は掃除道具とってきますね、と野分はスタジオから出ていった。

俺はやっと腰を上げた。
このおかしな胸の引っ掛かりが何なのかはわからない。
でも今日一生懸命体を動かす野分を見ていてわかったことがある。
それは野分に心行くまでバレエをさせてやりたいと思ったということだ。

「野分。」
二人で掃除をしながら、俺は思い切って野分に告げた。
「よかったら上級者クラス作ってやろうか。」
自分の声が少し震えているのがわかって俺は苦笑した。
野分の目がみるみる見開かれていく。
「本当ですか!?」
「ああ、いずれ作ろうと思ってたところだから。」
これは本当だ。
いつかは必要になるだろう。

「ありがとうございます、ヒロさん!」
「…何それ。」
「あ…、やっぱり『先生』じゃないとダメですか。」
「や、別にいいけど。」

やっぱり変な奴。
まあわざわざ先生と呼ばせるのも妙な気分だったので、好きに呼ばせようと思った。

「じゃあ来週からよろしくお願いします、ヒロさん。」
「ああ。」


ドアに鍵を掛け、駅までいっしょに歩くと別れ際に野分が手を振った。





野分のためのほぼ個人授業が始まってから俺が知ったことは、俺も野分を見てやるのが楽しいということだ。
あいつが初心者にまじってレッスンをしていると、どうしても気を配るのは他の生徒になってしまう。
俺が他の生徒にかかりっきりで教えているとき、あいつはフロアの隅で一人練習をしていたものだ。

「踏み切りが遅い!飛べるんだから空中にいる時間を長くしろ!」
「目線下がってるぞ!」
「体重が立ってる足に乗ってない!」

俺の怒号にあいつは必死についてくる。
全身汗だくなのに野分は疲れた顔は見せず、何度でもお互いの納得がいくまで繰り返した。
さすがに動きっぱなしでタオルに顔を埋め座り込んだ野分に、俺は容赦なく言い放つ。

「トゥールジュッテで一周。右左それぞれな。」
「…はい!」
野分は少し苦笑したが、疲労しているだろう足を高く蹴り上げてフロアを回り始めた。

根性のある奴は好きだ。
俺はまた野分を気に入った。

「疲れたか。」
「はい。でもたくさん動けて楽しいです。」
男の踊り手は体力が勝負だからなあと俺も野分の横に並んで汗を拭いた。
これだけの身長と体力、技術があれば、きっと公演ではいつもソリストだろう。
「舞台だといつも王子様やらされてただろ。」
「いえ、俺舞台とか出たことなくて。」
「ほんとか?」
てっきり野分レベルならどこの教室でも引っ張り出されると思ったのだが。
日本のバレエ人口の男女比を考えれば、男の踊り手というのはとにかく貴重なものだ。
「恥ずかしい話ですが、お金ないからって逃げ回ってました。」
そう言って野分は頭をかいた。
「ま、金も時間もとられるわな。」
「失礼な言い方ですけど、ここはあんまり公演とかやらなさそうかなって。」
「だからウチを選んだのか。」
「それだけではないんですが…。」
すみませんと野分は申し訳なさそうに目を伏せた。
正直な言い分に俺は吹き出した。
「いいって、いいって。正直だな、お前。」
確かに今の状態ではこのスタジオで公演というのは難しいだろう。
別にそれは気にしていないのだが、俺は野分のことを考えていた。
野分が何を目指しているかは知らないが、舞台経験がないというのは素直にもったいないと思う。
「じゃあ女の子とペア組んだことも?」
「ないですね。」
やはりもったいない。
野分の力量なら、相手を持ち上げるのも支えるのもきっと思いのままだろうに。

「ちょっとお前、そこ立ってみろ。俺が相手してやる。」
「えっ?」

戸惑う野分を急かして立ち上がらせると、俺は再び音楽をかけた。





フロアの真ん中に野分を立たせると、俺はその前に立った。
野分は少し不安げにしている。
「俺が三回目のシャンジュマンで飛ぶからお前の肩に持ち上げろ。イメージはできるな?」
「はい。…一応。」
「心配すんな。落としても怒ったりしねーから。」
野分の手を引き寄せて自分の腰に回させると、カウントをとりながら俺は飛び上がった。

急上昇してゆく視界。

俺の身体は思っていたより遥かに軽々と持ち上げられ、おそろしい安定感で俺の腰は野分の右肩に収まっていた。
「ははは、高い。天井に頭つきそう。」
よく考えてみれば相手を持ち上げることはあっても持ち上げられることは初めてだったので、初めて体験する高さに俺は愉快な気分になった。
そもそも野分自体が背がでかすぎて、ジュッテをさせるたびに天井に頭をぶつけるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。
鏡を見ると、野分が心配そうにこっちを見ていた。
「大丈夫、よくできてる。もうちょっとそのままキープで。」
そう言ってやると野分はやっと安心したような表情を見せ、手のひらをずらして俺の身体を抱えなおした。

俺はアティチュードで右足を前に出すと、野分にそのまま前へ歩くように言った。
慎重に俺の身体を落とさないように野分は鏡の前まで進む。
一歩、二歩、三歩。
「よーし、そのまま腰持って下に下ろせ。」
野分に体重を預け、ゆっくりと俺は床に降りた。

爪先がついて踵がついて、おしまい。

「なかなかいい勘してるんじゃないか。」
さすがに腕力があるというかバランス感覚がいいというか、初めてにしてはかなりよくできていると思う。
「俺は男だから少し重かったかもしれんが、これから少しずつコツをつかんでいけばいい。」
「いえ、ヒロさんは軽かったです。」
ズレた返事に俺は頭を抱えた。
とはいえこれから野分に教えてやりたいことが増えたので俺の心はだいぶ浮き立っていた。
やっぱり思い切ってこの時間のクラスを作ってよかったと思う。
自分で思っていた以上に俺は人を教えるのが好きなのかもしれない。

「ほら、いつまで腰つかんでる。」
ぱし、と野分の手をはたく。
しかし野分は俺の身体から手を離さなかった。
「ヒロさん…。」
「な…に…?」
俺が野分の挙動を疑う暇もなく、野分は俺の身体の前に回り込んできた。

「少しだけ、失礼します。」

野分の唇が俺のそれを覆った。
顔をつたう二人の汗が混ざり、それに続いて唾液も混じりあう。
抵抗、とか拒否、とかそういった言葉は俺の頭の中から吹き飛んでしまい、目をつぶり野分の唇の動きに合わせて薄く口を開いてしまった。
手の置き所がわからず、無意識にあいつの服をつかんだ。
それに気付いたのか野分は手を腰から俺の背中に回して少しだけ力を込めた。
「あ…。」
びく、と身体を震わせたときに目を開いてしまい、鏡の中の自分と目が合ってしまった。

鏡に映った俺は熱に浮かされた顔で野分のキスを受け入れていた。

それを見てしまった瞬間、俺は野分を突き飛ばしていた。
「…!」
野分はただこちらを見つめている。
小さな声ですみませんと呟くのが聞こえた。

「悪い、今日は帰ってくれないか。」

もはや野分の顔も見ることができなかった。
野分にこんな悲しげな表情をさせる権利が俺にあるのだろうか。
それでも俺はそう言うしかなかったのだ。
「ヒロさん、あの、」
「レッスンに来るのは構わないから。…でも、今日はもう帰ってほしい。」

「わかりました。でも俺はヒロさんが好きなだけだったんです。…それだけは知っておいてほしくて。」

野分が着替えもそこそこに出て行く音が聞こえる。
俺は目を伏せたまましばらくその場に立ち尽くした。
ぽたりと床に水滴が落ちる。

汗ではなく涙だった。

驚いて涙が出るだなんてまるで子供だ。
でも俺は驚いた。
さっきのキスで自分が野分を好きだということに気付かされてしまったから。


「…どうすればいいんだよ。」

野分の出て行ったスタジオは不思議なほど広く感じた。






けっきょく野分はというと、スタジオに通ってくるのはやめなかった。

そのかわりやってくるのは以前のような初心者クラスだけだった。
決して俺と二人っきりになろうとはしない。
(別にそれでいいんだけど。)
あいつと目が合うたびにビクビクしてしまう一方で、野分との縁が切れなかったことにほっとした気持ちもどこかにあった。
そんな風に何回かレッスンを重ねていくうちに、あの日のことが夢だったんじゃないかとすら思えてくる。
それでも唇に手を当ててみれば思い出せるあの感触。
やはり夢なんかではない。

野分に教えてやろうと思っていたパ・ド・ドゥのバリエーションの曲も使われないままに時間が過ぎていこうとしていた。

どうにもならない膠着状態の均衡を先に破ったのは野分の方だった。

「このあとのクラスを再開してもらうわけにはいきませんか。」
ある日のレッスンの後、初めて自習を申し出てきたときのように皆が帰ると野分が話しかけてきた。
高鳴る心臓を必死に押さえながら俺は務めて冷静に返事をした。
「…別に生徒は今のところお前だけなんだから、お前がやりたけりゃやるまでだけど。」
なんとか落ち着いた声が出せた。
野分は一瞬嬉しそうな顔をしかけたが、すぐにしゅんとした表情に戻る。
「いいんですか。」
「お前がやりたいんだろう?」

でも、俺はまたあのときみたいなことをヒロさんにしてしまうかもしれません。

「お前…、本当に正直な奴だな。」
あまりに直球な言葉に緊張していたのも忘れてあきれてしまった。

「もういいよ。そのときはそのときだ。」
「ヒロさん、それは一体どういう…。」
今度は野分があせるのを見て少し俺は気分が晴れた。

「俺もお前に教えたいことがまだまだあるから。」

だから、俺の方こそお前にこれからも付き合ってほしい。
それが俺の正直な気持ちだと告げると野分は久々に見せる笑顔で微笑んだ。

「じゃあ、五分休憩したらセンターから始めるぞ。」
「はい!」
弾むような野分の返事に満足すると、俺は一つ伸びをした。


野分のために用意したテンポの速い曲が、否応なく俺の心を高揚させる。











END
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