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絵とか文のBL2次創作サイト(純エゴ、トリチア、バクステの話が多いです)
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2010年1月発行の年末エゴ本再録です。

データありました!
なんか文字組がめちゃくちゃなファイルだったので放置されていたようです…どうやって原稿にしたんだろう……。

ちょっと長いので前後にわけますね。





+ + + + + + + + + +


 今年のクリスマスは散々だった。

 もちろん言わせてもらうが、女子供のようにこの行事をわくわくして眠れないほど楽しみにしていたとかそういうわけではない。クリスマスは絶対野分と過ごさなきゃイヤなの!とか、二人っきりで家を飾り付けてパーティーがしたかった!とかそんなこっぱずかしいこと、死んでも口にしないだろう。あ、いや、そもそもそのようなことを考えてなどいない。
 野分と付き合って七年、それなりにささやかなクリスマスを過ごしてきたような気がする。年末の近づいた街を二人で歩けば否応なく耳に飛び込んでくるクリスマスソングに広告の声に。どちらともなく、
「……クリスマスだな」
「……クリスマスですね」
みたいな間抜けな会話になるのだ。イベント事に関心が薄くても、どうしても話題は季節の真ん中を彩るそれに吸い寄せられてしまう。その単語が話題に上ると、二十四日はいっしょに飯でも、という流れになり、なんだかんだで二人で過ごすことになっていた。恋人同士の贈り物と呼ぶにはやや首を傾げてしまうようなプレゼントを渡し合い、クリスマスのディナーにしては栄養バランスのとれ過ぎな野分の手料理にケーキを添えた年もあった。今の俺からすれば野分と過ごす以外に何があるんだと言いたいが、二十五日の朝、野分の腕枕でうつらうつらしながら結局今年もこいつといっしょだったなあというようなことを考えていた。
 まったく呑気なものだ。
 と、まあイベント事にそれほど執着しているわけではないが、今年はもう少しちゃんとクリスマスの過ごし方を検討してみてもいいかと思ったわけだ。ただし今年最も考慮すべきは野分の殺人的な忙しさだ。今までは野分は一応学生で、俺も社会人ではあったけれど、それなりに都合はつけられた。それが今年の野分ときたら。研修医というのが想像を絶するハードさだというのは聞いていたが、まさにそれを実感しているところだ。あいつが研修医として働き始めてすぐの頃は、何日も連続で野分と顔を合わせないと、あれ?今俺って一人暮らしじゃないよな?なんてことを思うことだってある。野分の洗濯物に飯を食った形跡に、やっと二人暮らしの痕跡を見つける。振り返ってみれば、あいつが国家試験に受かるまでが蜜月だったのかもしれない。ナチュラルに蜜月などという言葉を使ってしまったのは失言だったかもしれないが(野分に聞かれたらどうなることやら)、要はいくらいっしょに暮らしていようが会えない日は会えないってことだ!
 そのことについて野分を責めることはできないし、だからこそいっしょに暮らしているとも言えるのだが、こういうイベント事になるとどうも弊害が出てくるような気がする。思い出すのもためらわれる今年の野分の誕生日。今、客観的な目で見ると、あの時の俺は張り切り過ぎて浮かれていた。とくにここ最近は俺が野分に何かしてもらうことが多かったように思えたから、この日ばかりは俺が野分に色々してやろうと思っていたのだ。予想の範囲内の出来事ではあるが、この日も結局野分は仕事が終わらなかった。頭ではわかっていても張り切っていた分、心のもやもやは断ち切れず、野分にはプレッシャーをかけていたことがわかり……。思い出すのもああしょっぱい。一応プレゼントも渡せたし翌日だけどお祝いもできたんだが、約束をドタキャンされてくさっているところをあのニガテな野分の先輩に見つかった上、そいつは次の日も俺たちの家に乱入して来やがった。たとえディナーの予約がふいになったって、もう少しスマートに祝ってやりたかったんだが、あの日の俺は情けなさ過ぎる。年上のヨユウってものを見せてやろうとして滑ってばかりいるような気がする。
 何が一番悔しいかって、野分がどんどん大人になっていくことだ。あいつの誕生日に勝手に張り切って空回りしていた俺に、野分はこっちが恥ずかしくなるような笑顔で言ったのだ。
『ヒロさんといっしょにいるだけで毎日プレゼントもらってるよーなもんなんですよ?』
 ……アホか。そんなこと言われちまったら一人でイラついてた俺の方がガキみたいじゃねーか。野分の言葉は突拍子もないように見えて、いつも狙いすましたかのように俺の心の一番弱いところを突いてくる。俺の一番欲しい言葉を何のてらいもなく投げてよこす。昔はそれに怒ったり焦ったりしていたが、最近では何だか野分の言葉に救われるようになり、それがとにかく悔しいのだ。この時だって絶対本人には言えないけど、その一言が嬉し過ぎて、ガラにもなく心の底からこいつが生まれてきてくれてよかった、なんて思ってしまった。おめでとうを言って、ベッドで抱き合って、プレゼントを渡して、恋人同士の誕生日としてはこれでいいのかもしれないけど、俺としてはなんだかなぁという感じなのだ。要するに俺のプライドの問題なのだけれど。
 野分は自分限定でプライドを崩してほしいと言っていたが、それができれば苦労はしないとつくづく思う。今まで野分との間に起きた問題も、俺が余計なプライドを捨てていれば回避できたのかもしれないと思うこともある。だけど何というか性格は簡単には変わらなくてだな……。以前よりはマシになっているのかもしれないが。
 とにかくこんな性分の俺が考えたのは、いかにクリスマスを迎えるか、だった。まず第一に野分を喜ばせてやりたい。次に、誕生日の時のように張り切り過ぎて野分の負担にならないようにしたい。前回の跌を踏まえて今度こそは年上の余裕というものを見せてやるのだと俺は密かに燃えていた。決してクリスマスで浮かれているわけではない。これは名誉挽回のチャンスなのだ。思い起こせばイベントの数々、全て惨敗の歴史のような気がしてきた。野分の看病に精を出せば、実は風邪などひいていなかった。引っ越しの騒動の時は、てっきり俺から離れていくものだと思い一人で落ち込んだ。バレンタインには野分に散々せがまれてやっと買ったチョコなのに、全然スマートに渡せなかった。そしてこの前の誕生日にいたっては、勝手に張り切り、イライラし、逆に野分に励まされる始末だ。そして野分はいつも微笑みながら俺にこう言ってくれる。
 ヒロさんが俺のために何かしてくれたことが嬉しいんです、と。
 どれもそんなに悪い思い出じゃないけれど(むしろ赤面するほど甘ったるい思い出だ)、年上の矜恃という点から見れば格好悪いの一言だ。そろそろ三十路の大台に乗ろうとしている男がこんな風に、
「ヒロさん、可愛いです」
の一言で何でも許されていいものだろうか。こうやって許す野分も野分だとあいつに責任をなすりつけたくなるのも仕方のないことだ。好きな人のために一生懸命になって、空回りして、結局失敗して慰められるなんてシチュエーション、通用するのは少女漫画の世界だけだと言ってやりたい。だから俺は、このしょっぱいループから脱却するのだと躍起になっていた。今度という今度は、これぞ大人というところを見せてやる。
 そんな俺の決意もむなしく、このクリスマスは今までで一番情けないことになったのだった。



「ヒロさん、クリスマス前の土日って予定あります?」
 そろそろ年末の気配が濃くなってきた頃、野分がこう尋ねてきた。来た、と俺は思った。
「いや、とくに何もないと思うけど」
 その週で学生たちの十二月の講義はおしまいだし、とくにレポートの提出もないし、俺自身も学会がちょうど終わる頃だから、これといった用事は思い当たらない。頭の中でスケジュール表を思い浮べ、ちょっと考えてからそう言うと、野分は嬉しそうに言った。
「その日にご飯食べに行きませんか」
 本当はクリスマス当日にヒロさんと過ごせたらいいんですけど……、と野分は話し始めた。
「そうするとたぶん、数時間しかヒロさんといられないと思うんです。それよりはヒロさんとゆっくりできた方がいいかなって」
 どうやらクリスマス前に完全なオフの日を作り、その代わりクリスマス・年末年始に連勤、という予定らしい。
「もう絶対に何があってもその日は休みにしますから」
 にこにこと野分は話しているが、やはりあいつもこの前の誕生日のことを覚えているんだろう。病院の勤務が忙しいことはよくわかっているし、野分がそこまで気に病むことはないのだが、それほどあの時の俺は野分にプレッシャーをかけていたのだろう。だから今更俺が、そこまで気負わなくていいと言えるような立場などなく。
「じゃ、予定あけとくから」
「はい!楽しみにしてます!」
 この笑顔が罪なんだよなあと俺はため息をついた。こいつがマジで嬉しそうな顔するから、俺も調子乗っちまうんだよ。俺にとっては無限地獄の悪循環だが、ハタから見ればただのノロケかもしれない。とにかく前回の二の舞は御免だ。
「またどっか行くか?それともウチで飯?」
 前みたいに誰かさんが乗り込んでこなけりゃ、家で二人でケーキ食うのも全然アリだ。人目も気にしなくていい。
「あ、俺にまかせてもらって大丈夫ですか?」
「えっ、何か考えてるのか?」
 こういう時は常に『ヒロさんの行きたいところでいいです』が普通だったので、俺は戸惑った。
「ええ、まあ、ちょっと行きたいところが……」
 語尾を濁す野分。俺はイヤな予感がした。
「ナニするつもりだ……?」
「変な場所じゃないです。普通のレストランで」
 ふーん、と俺は一旦引き下がったが、若干の疑念をぬぐいきれなかった。しかしここで頭ごなしに拒否するのも、それこそ大人気ないというやつだ。ここでは野分がしたいように付き合ってやるのが大人の度量というものだろう。自分の出した答えに満足して俺は頷いた。
「わかった。詳しいこと決まったら教えてくれ」
 わかりました、とこれ以上ないくらいの笑顔を輝かせる野分を見ていると、年甲斐もなく早くクリスマスがこないだろうかと思ってしまう。街にあふれる軽やかな鈴の音は、こんな馬鹿な大人の心も浮き立たせてくれる。それからの毎日、行き帰りの道で赤と緑と白で飾り付けられたディスプレイたちを見ながら、どうやったら野分を喜ばせてやれるかを考えていた。
 あいつのことだから、また想像を絶する恥ずかしいことを仕掛けてくるんだろう。できれば俺が平常心で付き合ってやれるくらいのレベルであってほしいんだが。そして野分にこう言うのだ。嬉しかった、ありがとう、と。その二語を頭の中でぐるぐるさせてみる。野分はよく俺が何かしてくれるだけで嬉しいだなんてぬかすが、それは野分だけの専売特許じゃないってことだ。だけどこんな単純で基本的な言葉なのに、どうしてこうも口にするのは難しいのだろう。そしてあいつはどうしてああもあっさり口にできるのだろう。つくづく変わった男だ。
 目標、野分の負担にならずに、かつ喜ばせること。何と言われようが、年上としてのプライドを守るリベンジなのだ。
 こうして日々悶々と決意を繰り返しながら、刻々とクリスマスは近づいてきた。



「待ち合わせの時間には来られるみてーだな」
 メールの画面を見ながら一人つぶやく。いつもの駅前で野分と待ち合わせをするのはもう何回目だろうか。大体待つのは俺の方だった。野分はいつも走ってやってきて、俺はさも今来たかのような顔をする。待ち合わせの何十分も前から待っていることを知られるのは恥ずかしかったけれど、内心気付いてほしいと思っていた節もある。野分と出掛けることをこんなにも楽しみにしていると絶対に自分の口からは言えないので、いつもこうやって野分に気付いてもらえるのを待っているのだ。きらきらと街中に散りばめられたイルミネーションを見つめながら、俺はケータイを握り締めた。
(今日こそは……)
 スマートかつ余裕のあるオトナのクリスマスを野分に過ごさせてやるのだ。怒鳴らない、騒がない、浮かれない、泣かない。ポケットの中身を確認する。……大丈夫、ちゃんとプレゼントは用意できている。野分からのメールをもう一度確認してみる。……五分遅れるが、もう待ち合わせ場所には向かっているとある。ショーウィンドウで自分の格好を確認する。……ちゃんと野分に言われたとおり、ネクタイをしめてきた。野分が今日出掛ける時に言ってよこしたのだ。一応ネクタイ着用でお願いしますね、と。野分が俺をどんな店に連れて行こうとしているか見当もつかなかったが、どうもドレスコードのある店らしいと知って、少し驚いた。言っちゃなんだが、野分にそんな店に案内されるとは思ってもみなかったのだ。この前行けなかった店のことまだ覚えているのだろうか。それにしてもこんな時期によく予約が取れたなあと思う。クリスマスの予定について話したのはだいぶ暮れになってからのような気がする。
(やべ……。なんかドキドキしてきた……)
 ネクタイ着用指定してきたからには、あいつもスーツか何かでやってくるのだろう。まあ確かに毎年二人でクリスマスを過ごせたら理想的だとは思うが、こんな風にあらたまられるとだな……。スーツ姿で駆け寄ってくる野分の姿を想像して、つい赤面しているとケータイにメールが届いた。
『もうすぐ着きます』
(いちいちメールせんでいいっつーの)
 画面を見ながら突っ込みつつも、人混みの中に野分の姿がないか探し始めた。あの背の高さなら、たいていの人混みで楽勝で見つけることができる。野分を見つけられた瞬間には言葉にはあらわせない嬉しさがあるので、だからこうやって待たされるのは嫌いではない。
「ヒロさん!」
 よく知った声が背後から聞こえてきたので振り向くと、野分がスーツにロングコート、マフラーという出で立ちで走ってきた。野分のスーツ姿というのはそう頻繁に見られるものではないが、スタイルと顔の良さと相まって周りの注目を集めている。
「お待たせしました」
「や、別にそんなに待ってないから」
 お決まりの台詞を言っても野分はにこにこするばかりだ。
「お前、その格好で病院から来たの?」
 こんな街中で注目を浴びるくらいだから、病院ではさぞ目立っていたことだろう。
「はい。みんなにデートか?って質問責めにあっちゃいました」
 でれでれと様相を崩す野分にため息をつく。こいつに俺はさっきまで胸をときめかせていたのか……。しかし病院でも大人気らしい草間センセーがスーツでめかしこんで出掛けていったら、そりゃあ皆の話題の中心だろう。その待ち合わせの相手が俺じゃあな、と多少自虐的な気分になりながらも、野分から目が離せなかった。
「んで、どこ行くんだ?」
 めずらしい野分の姿に目を奪われていることに気付かれないうちに、野分を促した。
「あ、はい。じゃあ行きましょうか」
 揺れる野分のマフラーに誘われるように、俺は野分のあとについて行った。


「ここです」
 着いたのはホテルのレストランだった。
 はっきり言って、普段の生活じゃまるっきり縁のないようなSランクのホテルだ。あー、あれだ。秋彦が菊川賞をとった時、このホテルで受賞パーティをしたって言ってたな。とにかくそのくらいのグレードのホテルのレストランだ。まさか野分にこんな場所に連れて来られるとは思わなかったので、俺は面食らった。
「スゲ……。お前よく予約とれたな。」
「ええ、ヒロさんとこういうところ来てみたいなって思って」
 さらりと野分は言ってのけるが、俺は若干建物の威圧感に押され気味だった。さあ行きましょう、と野分に促されるままに中へと入った。
 柔らかな間接照明の下で野分の顔を見る。落ち着いているものとばかり思っていたが、よく見ると少し目がきょろきょろと泳いでいる。俺の視線に気付いた野分がちょっと照れくさそうに笑った。
「こういう場所、あんまり慣れてなくて」
 その表情に俺はほっとした。何やらすげーエスコートとかされてしまったらどうしようと思ったのだ。
「飯食うところなんだから料理食うこと考えてりゃいいんじゃねーの?」
「……そうですね!」
 ほんと、変なとこでこいつ可愛いんだよなあ。吹き出したくなるのをこらえ、食前酒のグラスに口をつけながらしみじみと野分を見つめ考える。きっと俺のために慣れない高級レストランで背伸びをしているんだろう。いつものお前らしさがいいのにと思わないこともないけれど、喜んでいる野分にそんなことを言うのは野暮というものだ。野分とあーだこーだ話をしながら、運ばれてくる料理を平らげた。
(いい感じ、かな?)
 いつもより少しだけ饒舌な野分の話に相槌を打ちながら、一人にんまりとした。こんないいレストランを予約していたのならもっと早く教えてくれていてもいいのに、野分はなぜか当日まで俺が尋ねてもはぐらかすような素振りを見せていた。俺をびっくりさせたかったのだろうか。
(ま、びっくりしたけどな)
 普段の野分からこのプランが出てくるとは予想できなかった。小さく星のあしらわれたケーキを口に運ぶ。料理の合間に飲んでいたワインが回ったのだろうか、ふわふわといい気分だ。てっきりこのふわふわとした気分のまま、クリスマスの夜は更けるものと思っていた。ぼんやりとそんなことを考えていたために気付かないうちに口数が少なくなっていたらしく、野分が声をかけてよこした。
「そろそろ出ましょうか」
「ん……、そうだな」
 レストランの洗練された雰囲気は十分に俺を酔わせてくれたけれど、ここでは野分と一定の距離を保たなければならないというもどかしさが頭をもたげてくる。野分のことを盛るんじゃないとたしなめることはしばしばだが、今日の俺も相当だ。早く野分と二人っきりになりたい。触れたい、触れられたい。野分が会計を済ませている間も、まとまりのない欲求が頭の中を漂っていた。
「ヒロさん、その顔はちょっとマズイです」
 困ったように野分が苦笑する。
「何がマズイって?」
「ほら、行きましょう」
 しかし野分が急かした先は家路ではなく、そのままホテルのロビーの方へ向かおうとした。
「なんで?」
 ぽかんとする俺を見て、野分はにっこりと微笑む。
「レストランだけじゃなくって、部屋も予約してあるんです」

「…………はぁ?」

 思いっきり間抜けな声を出してしまったわけだが、とにかく野分の一言で完全に酔いが醒めた。何?部屋?ホテルの部屋も予約してあるって?
「ちゃんとダブルです」
 ちゃんとじゃねえよ!そこはせめてツインにしておけ!と見当外れな突っ込みをこらえながら、なおも野分を問い詰めた。
「なんで部屋までとったんだよ。別にこのまま帰りゃいいだろうが」
「でも、せっかくヒロさんとこういうところに来たんだし」
「飯食いに来たんだろーが、飯!やることやるんならウチでもいいじゃねーか!……っと」
 思わず口が滑ってしまい慌てて口をつぐんで周りを見渡したが、要は言いたいのはそういうことだ。クリスマスの夜に高級ホテルでスイートな夜を、っつーのもわからんでもないが、わざわざ男二人でダブルの部屋とってまでやることはないだろう。別に二人の関係を隠したいとかそういうことを訴えるわけじゃないが、多少は周囲の目も気にしてほしいわけで……。さっきまでの穏やかな時間が嘘のように、胸の中にもやもやする澱のような感情が溜まっていって、今ならスイッチ一つで野分に全部吐きかけてしまいそうだ。野分はうつむいて視線を俺の目から外した。
「そう、ですか」
 やっとあきらめたような返事が聞こえたので、俺は気を取り直して家に帰ろうと言いかけた。しかしその時、野分がぽつりとつぶやいたのは。
「せっかく宇佐見さんが……」
「……秋彦が、何だって?」
 この場面で予想外の人物の名前が出てきたことで、俺の中に残っていたわずかな冷静さは綺麗に吹き飛んだ。
「野分、どういうことだ。なんであいつの名前が出てくるんだ?」
 野分は言いたくなさそうな素振りを見せたが、しぶしぶ口を開いた。
「レストランとホテル、本当は宇佐見さんが予約してたものなんです」
 前に野分は秋彦に偶然会い、その時に自分は使わないからと予約を譲ってもらったらしい。確かに師走になってからよくこんな場所が予約できたと思っていたが、秋彦なら納得だ。
「じゃあなんだ?お前は秋彦のお下がりでクリスマスやろうとしたってことか?」
「……俺は、ただヒロさんとクリスマスがすごしたかっただけです」
 ここだけは俺の目をきっと見返して、野分は語気を強めた。だけど俺はここで怯むには少し殊勝な心を欠いていた。野分が俺と今日こうやって過ごすことを楽しみにしていてくれた。それはわかる。俺だって楽しみにしてたんだ。だけど、それが全て秋彦が用意したものだって?
「お前はそれでよかったのかよ!」
 別に高級レストランじゃなくてもよかった。ホテルのスイートルームじゃなくてもよかった。ただ、お前が俺のことを考えて色々してくれるのが嬉しかったのに。野分が秋彦に対して複雑な感情を持っていることは知っている。あいつは俺が昔秋彦のことを好きだったことを知っていて、たぶん簡単にはわだかまりは解けないのだろう。そのせいで揉めたことだってある。だけどその野分が秋彦の勧めるままに今日のプランを受け入れたことに、俺は自分でもおかしいんじゃないかと思うくらい苛立っていた。お前は秋彦の代わりなんかじゃないだろう!?
 どうしてそれをわかってくれないんだ。
「ヒロさんはイヤ、でしたか」
「……そういう問題じゃねえよ」
 問題は俺じゃなくてお前の中にあるんじゃないのか、と心の中で台詞を続けた。こんな秋彦の前でプライド捨てるような真似をして、お前は平気だったのか?俺の知っている野分はこんなことができる奴だったか?
「こんなことして、俺が誉めてくれるとでも思ったのか」


 長い、沈黙が続いた。
 さっきまで楽しく飯を食っていた時間がひどく遠く感じられた。もしかしからあれは街のイルミネーションが見せた都合のいい幻想だったのではないかと思ってしまうくらいに。
「わかりました」
 野分がやっと重い口を開いた。
「俺、少し頭冷やしてきます。ヒロさんは先に帰っててください」
「……あ、ああ……」
 動揺の隠せない俺の返事を了解と受け取って、野分は俺に背を向けた。先程までの威勢とうってかわって弱々しい自分の言葉に情けなくなりながら、俺もホテルから出るべく歩きだした。後ろを振り返りたい気持ちを叱咤して抑えながら、乱暴にタクシーに乗り込む。行き先を告げると、勢いよく座席にもたれかかった。クリスマス真っ最中の街のきらめきを見たくなくて、目をつぶる。野分は今どこにいるんだろうか。どんな顔をしているんだろうか。目を閉じれば否応なく野分の影が脳裏をちらついて離れない。
 家に着いて一人で部屋の鍵を開ける音に、堰を切ったように寂しさがあふれ出し、俺の心に襲い掛かった。部屋の灯りをつけ、暖房を入れ、コートもマフラーも外さないままソファーに崩れ落ちた。
「寒いんだよ、ばか……」
 膝を抱えてそうつぶやいても返事をしてくれる人間はいなくて。
 一体今日はどこで間違ってしまったのだろう?
 本当なら今、二人で暖かいベッドの中で抱き合っていてもおかしくないはずだったのに。別にいつもと変わらない部屋の寝室だけど、それで十分だった。次の朝起きて、ああ今年もまた野分といっしょに過ごしたなあと思うはずだった。そんな何の変哲もないクリスマスでよかったのに。
 コートのポケットを探れば、まだプレゼントの包みが入ったままだ。プレゼントすら満足に渡せない自分に苛立って仕方なかった。こうして家で一人でいる俺が今日はどっちが悪かったか考えるだなんて滑稽だけれど、思考はそこばかりをループしていた。
 野分がうっかり秋彦の名前を漏らさなかったら?ホテルの部屋がダブルじゃなくてツインだったら?俺は素直に野分のプランを受け入れていただろうか。二人は問題もなくクリスマスの夜を過ごせていただろうか。今更何を考えても遅いけれど、どうしても『もしも』を考えずにはいられない。野分が秋彦からレストランとホテルの予約を譲り受けていたという事実を知ってしまった今、どうしてそんなことをしたんだという気持ちが拭いきれない。お前はお前らしくしてくれればそれでいい、ちゃんとそう告げなくてはいけなかったのだろうか。だけど、そんなこととっくにわかってくれているものとばかり思っていた。理想に向かって頑張ってるお前が好きだって言っただろう?
(伝わって、ねーのかな……)
 ふと虚しさが胸に広がる。急に一人の部屋が広く感じた。
 結局のところ、俺はもどかしいのだ。自分の気持ちの伝わらなさに、ちゃんと伝えられていない自分に、イライラしている。
(わかれよ!こんなに俺はお前のことばっかり考えてるのに……)

 熱いシャワーで身体を温めてから寝たけれど、野分がいない夜はいつまで経っても布団の中は暖かくはならなかった。

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